映像ジャーナリスト 鍋 潤太郎の随筆による、ハリウッドVFX情報をいち早くお届けします。
<絶賛発売中>ハリウッドCG業界就職の手引き 海外をめざす方の必読本!
この記事は、CGワールド誌129号に掲載されたものである。しかし、2ページという誌面の限られたスペースに収める為、やむを得ずカットしたエピソードも含まれていた。
雑誌の発売から1ケ月以上が経過したという事もあり、ここではその原文を皆様にご紹介する事にしよう。
お楽しみあれ。
~スクープ!「地球が静止する日」の新宿シーンは、日本人が撮影していた?~
text by 鍋 潤太郎
昨年12月12日、IMAXシアターの大画面で全米公開され話題を呼んだ映画「The Day the Earth Stood Still [邦題:「地球が静止する日」](監督 スコット・デリクソン 出演 キアヌ・リーブス、ジェニファー・コネリー)。
日本では全米公開より1週間遅れだがほぼ同時公開された。CGワールド誌126号でも、ベン・マツナガ氏によるVFXメーキング記事が紹介されており、本編を劇場でご覧になられた方も多い事と思う。
ところで、映画の中で日本の新宿のシーンが登場したのを覚えておられるだろうか?
実は、あの1シーンを撮影したのは日本人だったという衝撃的事実(?)が判明した。
本欄ではさっそく、その謎に迫ってみる事にしよう。
ハリウッドからの1通のメールで撮影を依頼されたという、岡嶋 芳昭氏にお話を伺ってみた。
74年生まれ長崎県出身。千葉大学工学部画像工学科を97年春に卒業と同時に株式会社イマジカに入社。1999年10月にロサンゼルスのIMAGICA Corp. of Americaに赴任し、ハリウッドで使用されている同社製の映画用フィルム・スキャナーのテクニカル・サポートを担当。2003年に任期満了で帰国後は都内の事業所での開発業務に参加。2008年10月にイマジカを退職、現在はソニー(株) に所属するエンジニアである。
では、ここで岡嶋氏へのインタビューをご紹介する事にしよう。
岡嶋氏のコメント:
事の始まりは昨年10 月の頭に遡ります。10月末でイマジカを退職するにあたり、有休消化に入ることにしていた私は、休暇前に仕事でお世話になった皆さまに退職の挨拶を送るべくメールを書いていました。
その送付先リストの中に、ハリウッド駐在時代(※1)のクライアントで、CosFX(※2)の副社長&VFXスーパバイザーのポール・ボルジャー氏がいました。
※1 岡嶋氏のハリウッド駐在
在米当時のインタビューは本誌バックナンバー2003年7月号(Vol.59)、もしくは書籍「海外で働くクリエーター」(ボーンデジタル刊)でご一読可能なので、要チェック!
※2 CosFX社
彼に転職の挨拶のメールを送ったところ、翌日に丁寧な返事が届きました。ところが、更にその翌日、メールが届きました。
タイトルは一言「URGENT(緊急)」。
本文を読んでみると、「今、「The Day the Earth Stood Still」という映画の製作に携わっている。その中で、どうしても日本の銀座のシーンがほしい。お前撮ってくれ」と。
いきなりです。撮影の素人相手に(笑)
そのメールには低解像度のjpg がサンプルとして添付され「このロケハン画像と全く同じに撮ってくれ」という事でした。
必要なシーンは、銀座の大通りからビルを斜めに見上げる画を、昼と夜(ネオンが点いている時間)の両方で4K解像度のデジタルスチルとHD カムで欲しいと。
それに加えて「テクスチャの素材にするので、それらのビルを正面から撮ったスチルが必要」との事でした。
でも、ちょっと待てと。
家にはCanon のデジタル一眼レフカメラがありますが、EOS Kiss のエントリーモデルです。しかも横は3,800 pixel しかありません。
さらにHD カムはどうするの?機材はアメリカから送ってくるの?納期は?データの受け渡しは?
…などなど、疑問でいっぱいです。
とりあえず、質問事項をポールに返信メールすると「スチルはとりあえず、そのCanonでいい。HD カムはレンタル屋から借りてくれ」との事。しかも納期は「数日以内に頼む」。
えーと、一般人がHD カムを数日でどこから調達したらいいのかな(笑)
そもそも、素人にロケ頼んでくるなんて、どんだけ予算のないB級作品だと思ってタイトルを検索したところ、あなた、びっくりです。
主演がキアヌ・リーブスじゃないですか。しかも公開が12/19 に決まってます。公開まで2 ヶ月ちょっとしかないのに大丈夫なのかと。
この翌日が金曜で、たまたまその夜は大学時代の友人と飲む約束があったのですが、そこで思い出した事がありました。友人の中にテレビ局で報道カメラマンをやっている小高氏がいて、しかも個人的にHD カムを持っていた事を。
そんな訳で、その晩の酒の席で小高氏に事情を説明したところ「やるやる。明日休みだから撮ってやる」と撮影まで二つ返事で引き受けてくれました。なにせカメラマンなので、撮りたくて仕方がないのでしょう。
「これなんだけど」とポールから送られてきたロケハンの画のハードコピーを見せたところ、その友人含め周りにいた友人全員が、
「…岡嶋、これ銀座じゃなくて、新宿だけど?」
言われてみると背景に写りこんでいるのは靖国通りのエプソンのネオン...。
その夜は午前様で帰宅、再びポールにメールで確認。「撮って欲しいのはこの画のとおりの新宿なのか、それとも、これと似た画を銀座で探せということか?」
しかも、小高氏が持っていたカメラはHD カムでもHDV カム。フルHD じゃないフォーマットです。このあたりもついでに確認。
これに対するポールからの返事は「その画が新宿だったら、俺が必要なのは新宿」。アッサリとしたお返事でした。
HDV に関する返事はなし。時間もないのでこの件は問題ないことにして、いざ撮影当日。いきなり小雨です。
昼間のカットは「晴天が良いが、ビルの壁に光が反射してない事」という細かい注文が入っていたので、小雨じゃ無理か、二日酔いだし、寝不足だし、止めにしますか、と思っていたのですが、カメラマンの小高氏、ヤル気十分です(なにせカメラマンなので)。
昼前に雨が上がり、昼過ぎには薄日が差してきた為、小高氏に半ば急かされるように新宿まで行って撮影した次第です。
本編で使用された、新宿のスチル:
…ということで厳密には、撮ったのは私自身じゃないですが。
本編で使用された、新宿のスチル:
…ということで厳密には、撮ったのは私自身じゃないですが。
スチルの画は翌日までにポールが指定したディスクスペースにアップロードしましたが、さて、HDV のテープはどうしましょう。
キャプチャしてデータをアップロード出来ればいいのですが、カメラマン氏も「いや、俺キャプチャできるシステム持ってない」
仕方なく、またポールにご相談の結果、彼が持っているFedEx のアカウントでテープを送ることになり、恵比寿のKinko's へ行って発送して、全て終了となりました。
後刻、ポールから掛かった経費について、私の人件費を含めて請求してくれと言われたのです。
しかし、「なかなか面白い体験だったので、飲み屋でネタにするから経費はいらん(そもそも交通費と小高氏の昼飯代以外かかってない)、今度会ったときにビールをおごってくれ」、ということで決着しました。
ちなみに使われたシーンは、スチルの一カットだけでHD やテクスチャはボツでした。ぜひ劇場かDVDでご確認ください。
撮影した時刻はすでに夕方近く。刻々と日光の色が変わり、いちばん色温度の設定が難しい時間帯でした。
色温度の設定で当然色味が変わります。2種類の色温度で撮影し「アメリカ人は『ハリウッド・ブルー』といって青っぽいのが好きだからこっちがいい」と岡嶋氏の判断で青みの強い方を選択しました。
「街行く人々も、HDVと一眼レフのカメラを持った我々2人が、まさかキアヌ・リーブス主演のハリウッド映画を撮ってるとは思うまい」そう考えると可笑しさがこみ上げ、無事(?)「クランク・アップ」させることができました。
劇場公開後、観に行って本編に私の撮ったスチルが1枚だけ使われていたのを確認したときは、本当に使われるのか半信半疑だったので、感無量でした。
上映後、周りの観客に「さっきの新宿の画像は僕が撮ったんだよ」と言いたかったですが、信じてくれそうもないので、無言で劇場を後にしました。
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