忍者ブログ
映像ジャーナリスト 鍋 潤太郎の随筆による、ハリウッドVFX情報をいち早くお届けします。

<絶賛発売中>ハリウッドCG業界就職の手引きcghollywood.jpg   海外をめざす方の必読本!


 





[工事現場の塀が「This Is It」のポスターで埋められていた。ハリウッドにて筆者撮影 2009年11月]
ThisIsIt_Hollywood.jpg

 











注:マイケル・ファンの皆様へお願い
当記事を引用or転載される際は、当サイト名およびURLを「引用先」として必ずご明記頂けますよう、お願い致します。 鍋 潤太郎


"King of Pop"マイケル・ジャクソン(以降、MJと表記)が、7月にロンドンで公演を予定していた復活コンサート「THIS IS IT」。

27ad207e.jpg延べ50公演が予定されており、イギリスでの「ラスト・カーテンコール」とも謳われた一大イベントであったが、今年6月25日の急逝によって、大変残念ながら幻となってしまった、このロンドン公演。

そのロンドン公演のリハーサル風景が編集され、映画という形で公の前に姿を現す形になった「THIS IS IT」が10月28日より全世界同時公開となった。日本でご覧になられた読者の方も多い事だろう。





[こけら落としで、14スクリーン全てを使って"This Is It"を上映した、LAダウンタウンにある新しいシネコン「リーガル・シアター」]
174fbe75.jpg

「ロンドン公演」のVFX制作を担当した日本人VFXアーティスト、平野氏

幻となったロンドン公演では、大掛かりな演出が盛り込まれていた。巨大スクリーンに映写される映像は、一部にメガネを掛けると3Dになるデジタル立体方式も含まれ、これらの映像と絡めた舞台演出が予定されていた。

そのためのVFX制作が進められ、その作業はハリウッドの複数のエフェクト・ハウスに発注されていた。

[ハリウッドのシネラマ・ドームは大画面での上映が人気を呼んだ]
41fc33b9.jpg












その中で、サンタモニカにあるエフェクト・ハウス、EntityFXにて、"This Is It"ロンドン公演の映像制作プロジェクトに参加していた日本人アーティスト、平野淳司氏にお話を伺ってみた。


注: 映像ジャーナリスト鍋 潤太郎と、EntityFXの平野淳司氏は同一人物ではありません。たまに混同されておられる方のブログを見かけますが、ご参考くださいませ。


平野淳司 (ひらの じゅんじ)氏  VFX 3D Artist Entity FX Inc.

006f329e.JPG1967年生まれ、岡山県出身。岡山職業訓練短期大学校(現:ポリテクノカレッジ)工業工芸デザイン科卒。卒業後は、工業イラストレーション、PCサポート業務などを経験した後、2002年にLAへ語学留学。並行してデジタル・ハリウッド・サンタモニカ校でMayaを学ぶ。卒業後、Entity FX Inc.に入社し、現在に至る。2008年にはFox系列の番組Sport Scienceでエミー賞を受賞。
 

コンサートで使用されるはずだったVFXを担当

我々EntityFXが参加したのは、7月にロンドンで開催される予定だった「This Is It」のコンサートの中で、舞台演出の一環として曲の途中やオープニング等でステージ後方の巨大スクリーンに映写される映像のVFXでした。

制作は極秘で進めめられ、「公開までは友人や家族に話すことも禁止、facebookなどのSNSで話題にすることも自重するように」とのことでした。

制作期間は後になって伸びたものの、当初は2週間と言われ、非常に厳しいスケジュールでした。3Dアーティストは主に4名で進められ、途中2~3名がヘルプすることもありました。

我々Entityの担当ショットは、「Smooth Criminal」「They don't care about us」という2曲のVFX、そしてコンサートで部分的に使用予定だった立体映像のCGでした。これは、ある曲で観客が一斉に3Dメガネを掛けると、背景の大型スクリーンが立体映像になり、ステージ上と一体化したような臨場感を演出するものでした。

まず「Smooth Criminal」では、シカゴのギャングが機関銃で電光看板を打つと、残った電球が曲名"smooth criminal"の文字に成るところ、シカゴの街にMJやダンサーの影が投影されるところ、そしてMJがガラスを付き破って飛び出してくるところ等、複数ショットを担当しました。

シカゴの街は、クライアントから「一目でシカゴだと分かるような街並みに」というリクエストがあり、しかも1930年代頃を再現して欲しいという事でした。そこで、教会のような装飾を持ったトリビューン・タワーと、時計塔のあるリグレー・ビル等を入れ、シカゴ出身の人が見て「これは、シカゴだ」と認識出来るようにしました。

実は、「空にヘリコプターを飛ばそう」というアイデアもあったのですが、1930当時にヘリコプターは実在していないので、代わりに飛行船を入れるという事で落ち着きました。これは映画の中でも確認出来ますので、是非チェックしてみてください。

気が付かないかもしれませんが、あの飛行船の側面には、「MJ AIR」という文字が入っているのです。

ある日、突然Sony側のプロデューサーから「飛行船に"MJ AIR"と入れて欲しい」というリクエストがあり、担当アーティストは「?」と思いながらも入れたのだそうです。なぜ「MJ AIR」になったのか、その由来などはわかりません。


 (著者注:この謎は、「This Is It」DVDの中で明らかにされています)


シカゴのビル街に投影されるMJとダンサー達の影は、MJとバックダンサーの踊っている姿を、実際に撮影し、黒い影に見えるようにデジタルで加工し、CGで表現しています。

我々が制作した「Smooth Criminal」のオリジナル・ショットは、電光看板からカメラがクレーン移動し、ビルの夜景と、そのビルに影が伸びるところ迄、1カットのロングショットでしたが、映画の中では3ショットぐらいに、細切れになって使用されていました。また個々の部分も、短くカットされていました。

MJがガラスを付き破って飛び出してくるシーンは、約1.5mほどの台の上からスタントマンがジャンプして撮影され、撮影にはファントムという高速度カメラが使われています。そこに、MAYAの「Blastcode」というプラグインを使用してガラスの破片を制作しました。

「They don't care about us」では、兵士の衣装を着た11人のダンサーを1100人に増やすというVFXがあり、いくつかの列ごとに撮影されたものから、一人づつ兵士を取り出した映像を準備し、3Dで配置して沢山いるように見せています。兵士ショットは全部で6~7だったと思います。

また、映画ではエンドクレジットの後に登場するので見逃しがちですが、女の子がビーチボール大の地球を抱きしめ「地球を癒やそう(Heal the World)」というMJのメッセージが出るシーンがあります。

これは、我々Entityが担当した唯一の立体ショットでした。映画の中では立体ではありませんが、コンサートでは立体映像で、特別に使用される予定だったものです。

シンプルな展開ながら、技術的には正確で繊細なカメラ・トラッキングが要求されるショットでした。撮影の時、女の子はマーカーがついたボールを手にしています。それをトラッキングしてCGカメラを起こし、最終的にボールを地球のCGに差し替えるのです。

でも、オリジナル・プレートでは撮影カメラが女の子を回り込んでいますし、尺は長いですし、それでいて正確にトラッキング出来ていないと、観客はすぐさま興ざめしてしまいます。MJのメッセージを含んだ重要なシーンだけに、細心の注意を払って作られたシーンでした。

読者の皆さんには、エンドクレジットが始まっても席を立たず、是非ともこのシーンを見届けて頂ければと思います。子供好き、そして地球を愛するMJが、とても大切にしていたショットです。


平野氏による制作秘話

このように、我々Entityは多くのショットを手掛けました。この中で私が主に担当したのは、ビルにMJとダンサー達の影が投影されているショット、MJがガラスを破って飛び出すショットです。そして、「They don't care about us」では、カメラト・ラッキングも担当しました。

シカゴのビルは、前述のように「1930年代頃を再現」という指定だったので、この時代のシカゴの街について、私もいろいろリサーチしてみました。

すると、実際のところ1930年代はまだ高層ビルが少なく、しかも高層ビル相互に開きがありました。これをそのまま正確に「再現」してしまうと、絵的にはあまり見栄えが良くない事がわかりました。

そこで、当時存在する前述のビル2つをメインに、私がアレンジとレイアウトを行い、それらしい雰囲気に仕上げたという裏話がありました。


MJとダンサーの影をビルに投影するシーンも、いろいろ苦労がありました。

「巨大なビルに下から投影している雰囲気を出そう」

と言う演出だったのですが、もともと正面から撮影された素材なのでパースが異なります。そういう細かい部分を調整しながら、よりリアルに見せる為の試行錯誤を行いました。



ファイナル・レゾリューションは、制作中にはいろいろ変更がありましたが、最終的には普通のハイビジョンの1920x1080でレンダリングしました。

ガラスを突き破るシーンは、劇中の白黒映画の縦横費[4:3]に合わせる必要があった為か、1440x1080で左右の余白を黒味にする形でレンダリングされました。

コンサートでは大スクリーンでの再生と聞いていましたが、不思議な事に4K等の高解像度という指定は、特にありませんでした。



MJが亡くなった時、作業はまだ追い込み中だった

締め切りまで、残りわずか1週間と迫り、最後のラスト・スパートに向け、みんな気持ちを引き締め直した時でした。ちょうど、お昼頃(1時頃)にMJが亡くなったというニュースが入ってきました。

最初は同僚から聞いて、英語の聞き間違いか、単なる冗談だと思いました。その後すぐに、プロデューサーがやってきて「あくまで噂だが」という形でみんなに話してくれたので、冗談では無い事がわかりました。

しかし、その時点では死亡の正式な確認は取れておらず、クライアントからも連絡は無かったので、そのまま作業を続けるように、という事でした。

その後は、スタッフ達はインターネットを使ってニュースを検索していましたが、その時点ではTMZというゴシップサイトでの死亡記事だけが、すべてのニュースの出所となっていました。他のニュースサイトでは、「救急車で運ばれた」という事実だけしか報道されていませんでした。

あともう少しで作業が終わりだと、すこし晴れやかな気分で昼食に出かけていたグループも、レストランでニュースを知り、ショックを受けた様子で帰ってきました。

特にスーパーバイザーは、MJが好きで、撮影にも立ち会っていた事もあり大変ショックを受けていた様子で、自分の気持ちの持って行きようがなく、仕事になかなか集中できなかったようです。

しばらくは、みんな休憩所に集まっては、不安げにプロジェクトの行方について話したり、インターネットでニュースの更新を確認したりしていましたが、中には数人の友達やガールフレンドに連絡して、状況を話している人もいました。

もう少しで完成で、何より「ビッグ・スターの復帰コンサートに花を飾る」という大役が流れてしまったかもしれないということで、みんなショックは隠せないようでした。

締め切りに変更があった訳では無いので、数十分後には作業を再開しましたが、みな若干集中力には欠けていたようです。

仮に、もしも亡くなったとしても「何らかの形で映像が公開される可能性がある」ということで、社内的には作業は継続される見通しでした。

翌日になって、MJの死去が確認されました。クライアント側も混乱があり、調節がつくまでプロジェクトは一次中止という事になりました。しかしながら、社内で、そこまで作った映像を一通り整理し、まとめる作業が行われました。

後日、プロジェクトは再開となり、残りの作業を完了させ、納品となりました。


結果的に映画の中で使用され、MJに恩返しが出来た

個人的な事ですが、自分の担当ショットで、最初MJのダンスを見た時に驚いたのは、若かりし日と比べても全く見劣りしないダンスを踊っていたことです。映画を見てもわかると思いますが、50歳でこの動きは驚異的で、彼の体調が気になってしまう程でした。

ダンスには、彼のプロ意識を感じさせられ、ロンドンのコンサートが行われたら、彼のブームが再び起こるかもしれないと思いました。私が中、高時代に楽しませてもらったお礼に、MJに自分たちの映像を見てもらいたかったです。

おこがましい事ですが、「きっと彼なら気に入ってもらえるだろう。喜んでもらえる事で、何らかのお返しになるのでは」と思っていたのですが、コンサートの中止でそれが達成されず、残念に思っていました。

しかしながら、映画「This Is It」の予告編が公開された時、彼のリハーサルで、自分たちの初期のバージョンの映像が使われていることがわかりました。また、最終的にEntityFXが参加した殆どのショットが映画の中でも採用されていました。

それを見て、「MJもあの映像を見てくれていたのだ」とわかり、多少救われた気分になれました。
 
最後に、このような形で、この「This Is It」に関われた事を、大変誇りに感じています。そして、MJのご冥福を心からお祈りしたいと思います。

(2009年11月、サンタモニカにてインタビュー)

関連記事: 


51回グラミー賞マイケル・ジャクソンの「3Dトリビュート」(02/01/2010)




[ステープルズ・センター 筆者撮影]
staples.jpg「This Is It」のリハーサルが行われたステープルズ・センター。今年のシーグラフ2010が開催されるLAコンベンションセンターの隣にある。

近隣には、グラミー賞ミュージアムもあり、マイケルが着用した衣装や直筆歌詞などが展示されている特設コーナーもある。マイケル・ファンの方は要チェック!であろう。







[ノキア・シアター。シーグラフ2008で撮影]
9fc29634.JPG「This Is It」のダンサー・オーディションが行われ映画の中でも登場したノキア・シアターは、シーグラフ2008ではAnimation Theaterの会場として使用された、CG関係者にはお馴染みの場所だ。

今年のシーグラフ2010でもAnimation Theater会場として使用される予定。マイケル・ファンの方は是非訪問してみると良いだろう。










 

   過去記事はこちらからどうぞ 全目次
 



このサイトに含まれる記事は、日本のメディア向けに
書かれたものを再編し、ご紹介しています。

掲載されている画像の著作権は、各著作者に帰属致します。

著者に無断での転載、引用は固くご遠慮下さいますよう、
お願い申し上げます。

転載や引用をご希望の方は、お問い合わせページ
よりご連絡下さいませ。

(C)1997-2010 All rights reserved  鍋 潤太郎 

 

PR
鍋潤太郎の著書
サイト内検索
カテゴリー

Copyright © [ 鍋 潤太郎☆ハリウッド映像トピックス ] All rights reserved.
Special Template : 忍者ブログ de テンプレート and ブログアクセスアップ
Special Thanks : 忍者ブログ
Commercial message : [PR]