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○はじめに
カリフォルニア州には、数多くのフィルム・スクールが存在する。中でもロサンゼルス・ダウンタウンの南部に位置する、私立の南カリフォルニア大学(以降、USC)は、その最たる存在である。
USCには全米で最も古い歴史を誇る映画芸術学部があり、ジョージ・ルーカス、ロバート・ゼメキス、ロン・ハワード等アカデミー賞受賞監督を数多く輩出している事でも知られている。
ハリウッドの著名VFXスタジオやアニメーション・スタジオで働くアーティストにも、USCの出身者は多い。
このように、映像教育の分野で多大な実績を誇っているUSC。ここでどのような教育体制が敷かれているのか非常に興味深いところだが、実際に同大学で学んだ卒業生の「生の声」を聞ける機会というものは、意外と少ないものである。
そこで、今回はUSCを卒業した人材へのインタビューをベースに、USCの最先端映像教育について、掘り下げてレポートしてみる事にしよう。
○牧 奈歩美氏が語るUSCの強力な教育システム
2009年のホノルル国際映画祭にてベスト・エクスペリメンタル・フィルム賞、およびゴールドカフナ賞を獲得したアニメーション作家・3Dアーティストの牧 奈歩美氏(写真)も、ここUSCの出身だ。
牧氏は、岡山市出身。京都市立芸術大学を卒業後、2005年よりUSCに留学。映画芸術学部アニメーション&デジタルアート学科修士課程を終了、現在はLA市内の3Dソフトウェア制作会社.にて3Dアーティスト兼グラフィックデザイナーとして活躍する傍ら、フリ-ランスでTVドラマのTitle animation director/animator としても参加している人物である。
そんな牧氏に、USCの最先端映像教育について、ご自身の経験を基にお話を伺ってみた。
2009年のホノルル国際映画祭ゴールドカフナ賞、及びBest Experimenal Film Awardを受賞した牧氏の作品「Swimming Moon」。
月と狂気をテーマに描いた抽象的な物語で。写真は、透明感のある巨大な花が海に浮いている場面。花のテクスチャは、オパール、ラピスラズリなどの鉱物からインスパイアされているという。
○長年に渡って蓄積された、充実の教育システム
USC映画芸術学科の映像教育は、長年の実績により積み重ねられた充実のカリキュラムと、教授陣が各分野の第一線で活躍している事も魅力の1つ。学科も、アニメーション、制作、脚本、評論、インタラクティブ、プロデュース等多岐に渡っているという。
その中に牧氏が卒業したアニメーション学科があるが、ここでは伝統的なアニメーションから、VFX含めた最新技術までを学んでいく。
カリキュラムは35mmで撮影するアニメーションから始まり、アニメーションの制作そのものを学ぶクラス、実験的なファインアートとして学ぶクラス、アニメーションの歴史、脚本、批評、そして3DCGのクラスなど、バランスの取れた充実したカリキュラムが用意されている。現在、牧氏が作品を作る上で「USCで学んだ事が、大きな糧になっている」という。
毎週著名ゲストを招いてレクチャーを行うセミナークラスでは、これまでにブラザーズ・クエイ兄弟、ニック・パーク氏、アート・クローキー氏、そして日本から高畑 勲氏などが来校。一流のアーティストの講演が聞ける非常に貴重な機会だったという。
これらの充実したカリキュラムは”USCならでは”のもので、「他の大学や教育機関とは大きく異なる点」と牧氏は語る。
さて、CG界でUSCと言えば、現在マリナ・デル・レイにあるUSC ICT研究所で行われている、イメージ・ベースド・ライティングの生みの親として名高いポール・デベヴェック準教授の研究が有名だ。USCはデジタル映像テクノロジーの研究分野でも世界をリードする存在なのである。
[ゼメキス監督によるモーション・キャプチャのクラスにて、集合写真]
また、特筆すべきは、数年前から始まった、USC卒業生であるロバート・ゼメキス監督によるモーション・キャプチャのクラスだ。キャンパスから少し離れた場所にある「ロバート・ゼメキス・センター」と呼ばれるラボに、身体のモーションから、顔の表情のキャプチャに至るまで、モーション・キャプチャの過程全てが行えるシステムが一通り備わっている。
学生達は基本的パイプラインから、実践作業を学び、最終的には学期末にショート・フィルムとして作品を提出する。その中で、ゼメキス監督自身より「べオウルフ」の制作秘話を伺ったり、「クリスマス・キャロル」の撮影現場を訪問し、生の制作現場見学や、俳優から話を聞く機会にも恵まれた。「これら非常に貴重な経験になった」と牧氏は語る。
USCにはフレキシブルな教育システムがあり「自分の専攻の以外の学科の学生とコラボレーションが出来る環境」があり、ここから学んだ事は大きかったという。例えば、映画音楽作曲科では「作曲をさせてもらえる」学生映像作品を常に求めている。このように、異なる専攻の学生がお互いに必要なものを求め、与え合うことで、コラボレーションが成立していく。
また、アニメーション専攻の学生が、実写映画専攻の学生作品のプロダクション・デザインや一部のアニメーションを担当する事で、アニメ制作とはまた違った過程を学ぶことにも繋がっていく。日本の学校は学科毎の交流が無い場合も多く、このUSCの事例は新鮮に感じる。
こうして幅広い視点からアニメーションを学び、最終的には修了制作という形で、学んで来た事を形にする。古典的なスタイルのアニメーション、VFXに主力を置いた作品、実写を取り入れた作品、実験映画、ミュージックビデオ等、その作品スタイルは様々だ。
年に一度の学生作品上映会では、学生が作品を応募し、教授陣による審査によって上映されるラインナップが決定される。アニメーション科の上映会はサンセット通りにある全米監督協会(DGA)シアターで行われるという本格的なもので、映画関係者も多く訪れ「プロフェッショナルな、お披露目の場」を経験出来る機会だという。
○人脈を築くのにも適した立地
言うまでもなくUSC卒業生は地元ハリウッドの映像業界で数多く活躍しており「そこから人脈を広げていける事も魅力」と牧氏は語る。
西海岸には映像産業に従事している日本人も多く、LAを拠点とする映画監督である秋山貴彦氏の紹介により、ハリウッドのVFXスタジオで働く日本人アーティスト達との交流で人脈も増えた。
また、USCは意外に日本との接点も多いそうだ。例えばTBSのようにUSCと交換留学制度を実施した企業や、東京工科大学のようにUSCと提携して研究を行った大学もあり、産学両面での国際コラボレーションの姿勢が伺える点も興味深い。
○海外の教育事例に学ぶ
シーグラフ等で目にする海外の学生作品は、日本のそれと比べて作品の完成度が異なるケースが多い。着目すべきは、単に映像面だけでなく、ポスプロや音響面も含めて、プロ水準に極めて近いハイレベルな作品が数多く発表されている事にある。
これからの日本の映像教育も、USCに見る最先端の教育環境を参考にして、良い部分は段階的に採り入れていく柔軟な姿勢が必要なのかもしれない。
もちろん一朝一夕で事が運ぶというものではなく、累積する課題も多い事とは思うが、今回のような記事を定期的に寄稿し、ジャーナリストとして情報発信をしていきながら、その一端をお手伝いしていく事が出来れば、大変嬉しく思う。
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