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韓国映画「グエムル」の1シーンより。 Photo Courtesy: The Orphanage
○はじめに
カンヌ国際映画祭でも絶賛された韓国映画『グエムル』(9月2日公開)。この作品の要となるCGモンスターは、サンフランシスコにあるエフェクト・ハウス、オーファネッジ(The Orphanage)によって製作された。
このデジタル・クリーチャーの製作に直接携わった、3人のデジタル・クリーチャー・アーティスト達にその製作秘話を伺ってみた。
○オーファネージに発注された理由
[The Orphanageの建物。プレシディオ国立公園内にある。]
韓国映画のVFXが、なぜ海外の、しかも数あるエフェクト・ハウスの中からオーファネッジに発注されたのか?理由は意外にシンプルだった。
ポン・ジュノ監督は構想中の段階から、友人でありハリウッドで仕事をしている韓国出身のCGアーティスト、ジョウウック・パーク氏(Jaewook Park)に個人的に相談をして、如何にしてこの映画のVFXを実現すれば良いか、助言を求めた。
[韓国人アーティスト、ジョウウック・パーク(Jaewook Park)氏]
そのパーク氏が働いていたのが、サンフランシスコにあるオーファネッジだったのだ。
最も、監督がまだ構想を練っていた98~99年頃は、ニュージーランドのウェリントンにあり、当時全くの無名だったエフェクト・ハウス、WETAにVFX作業を発注する予定だったという。
ニュージーランド・ドルの通貨の関係もあり、製作費がリーズナブルに収まるという事も魅力の1つだった。
しかし、脚本が完成した2002年11月の段階では、WETAが「指輪物語」シリーズの大ヒットで世界的に有名になってしまい、WETAに全てを発注すると予算が完全にオーバーしてしまうという事が判明した。
再びジョウウック氏に相談を求めたポン・ジュノ監督は、ジョウウック氏が勤務するオーファネッジが数々の映画のエフェクトを担当した実績がある事等から、CGモンスターの開発及び、全VFXショットをオーファネッジに発注する事を決意。
こうして、サンフランシスコの金門橋に程近い、プレシディオ国立公園にある同社スタジオで、「グエムル」のVFX作業がスタートした。
写真(左から)
Corey Rosen - Creature Supervisor
Brook Kievit - Creature Modeler/Muscle Simulation
Stephane Cros - Creature Rigger/Muscle Simulation
☆3人のプロフィール
○コーリー・ローゼン(Corey Rosen) - クリーチャー・スーパバイザー
ノースウエスタン大学 ラジオ・テレビ・フィルム学部卒。1993年から2005年までILMにて「ターミネーター3」「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク2」「スターウォーズ・エピソード1」等に参加。2005年7月よりオーファネッジに参加、「グエムル」と「スーパーマン・リターンズ」「パイレーツ・オブ・カリビアン2」でクリーチャー・スーパバイザーを務めた。現在は『Night At The Museum』のプロダクション作業で多忙な日々を過ごしている。
○ブルック・ケヴェット(Brook Kievet) - リード・クリーチャー・モデラー
2005年にオーファネッジに参加。「グエムル」でリード・クリーチャーモデラーを務めた。また、スキンニング、フェイシャル・クラスター・システムや筋肉ダイナミクス・システムの実作業を担当。
○ステファン・クロス(Stephane Cros) - クリーチャー・リガー/マッスル・シュミレーション
フランス出身。ソフトウエア・エンジニアを志しパリの大学を卒業後、94年にBuf Companyにて「The City Of Lost Children」でMentalRayのソフトウエア・エンジニアを務める。その後、95年から98年までWarner Brothers Feature Animationにて「The Iron Giant」に参加、99年から2001年までPDI-Dreamworksにて「Shrek」の自社開発ツールの開発に携わる。2005年にオーファネッジに参加、同社の殆どのクリーチャー・パイプライン・ツールを構築した。「グエムル」ではリギングに加え数ショットでアニメーションも担当している。
○オーファネッジのモチベーションを惹き出したコンセプト・アート
「最初にこのモンスターのデザインを見た時、一目で『この仕事をやりたい』と思いましたね」とローゼン氏は振り返る。
「このクリーチャーは凶暴で恐怖に満ち溢れ、しかも利口で動きも敏速だという話を聞き興味を持ったのですが、コンセプト・アートを見ただけで、スタッフが楽しみながら仕事が出来る事を直感しました」
リード・クリーチャー・モデラーのケイヴェット氏は初印象をこう語ってくれた。
「『なんてクレージーなモンスターだ!』と思いました。デザインもオリジナリティに満ちていましたしね。でも、複雑な顔面を見た瞬間『筋肉とスケルトン、どうやって仕込もう?』と思わず考え込んでしまいましたよ」
クリーチャー・パイプラインやリグ・システムの開発を担当したクロス氏は、
「モンスターに感銘を受けると同時に、こいつをリアルに動かすにはどうすればよいか?という挑戦にワクワクしました」と初印象を述べている。
○WETAワークショップによるクレイモデルがベース
製作サイドとWETAは構想段階から数年に渡ってつきあいがあった事もあり、まずコンセプト・アートをベースに、WETAワークショップにて精巧なクレイ・モデルが起こさた。
クレイ・モデルはWETAワークショックにあるCyberscanで3Dスキャンされ、そのデータがオーファネッジへと送られた。
ケイビット氏ともう1人のアーティストが実作業にとりかかるが、3Dスキャンされた超高解像度のデータを、アニメーション出来る状態にまでリダクションをするには、気の遠くなるような作業が必要だったという。
この段階で一番重要だったのは、クレイモデルのモンスターが持つ筋肉形状や自然なボディ・ラインの流れを一切損なう事無く、理路整然とした4角形ポリゴン・メッシュに再構成する事にあった。
モンスターは、劇中で水中で動きに応じて尾が揺れ動いたり、壁をよじ登ったりといった、かなり「極端な」ポーズを取れる事が演出上求められており、クレイ・モデルの筋肉の形状を正確に再現したポリゴン・メッシュは必須だった。
メインツールにはMAYA6.5とSilo(Nevercenter製)を併用しながら行われ、スキャン・データが持つ表面のディテールを効率的に残しつつ、データを軽減するという部分で効力を発揮したという。
この「グエムル」は、オーファネッジにとって初めての、しかも本格的なクリーチャー・アニメーションを扱った作品だったそうだ。
ローゼン氏はクリーチャー・スーパバイザーとして、モデリング及びアニメーションのパイプラインを構築。デジタル・アセットやマッスル※・シュミレーションを含むリギング、ボディとフェイシャルのライブラリ管理、そしてアニメーターとレンダリングT.D.の間の総括も担当した。
※Muscle - 筋肉。
○CGモデリングのワークロー
では、そのモデリング実作業のワークフローをここで説明していく事にしよう。
クレイ・モデルからスキャンされたデータは、「密集した膨大な三角形メッシュの塊」状態にあった。
これをZbrushに読み込み、腕や足等のパーツ毎に切り別けた後、MAYA上でポリゴン・リダクションを行い、データをある程度まで軽減させた。
また、スキャンされたクレイモデルのオリジナル形状と、作業の途中形状を後で照合出来るよう、Paraformによって中解像度の四角形ポリゴン・パッチも用意された。
パーツ毎に分割されたパッチ・データは、最終的なアニメーションのベース・モデルを製作する為にSiloに読み込まれた。
Silo上で、クリーチャー・モデラーは殆ど手作業でポリゴン・モデルを調整。アニメートとリギングが出来る状態までデータを更に軽減させたが、ものすごく複雑な構造を持つ顔面部分では、本当に苦労したという。
最終的に、全ボディを1つに統合、ほど良いディテールを持つソリッド・メッシュのobjファイルとしてエクスポートした。
これをMayaに読み込み、UV編集やリギングの作業に取り掛かった。
また、体表面の微細なディテールは、Zbrushによって高解像度ディスプレイスメント・マップの素材を作成する事によって表現した。
○「グエムル」の為に拡張された、筋肉&リグ・パイプライン
「グエムル」の作業ニーズに応える為、oMuscle(オーファネッジ自社開発の筋肉リギング・ツール)パイプラインが開発された。これは、「グエムル」の作業の中でも最も重きを置いて開発が進められた領域だという。
ソフトウェア・エンジニアとして豊富な経験を持つステファン氏は、限られた時間の中でComet Digital製のMaya用プラグインComet MuscleをベースにしたCreature TD Muscle Toolsを開発。これは、マッスル・ダイナミクス(筋肉力学)のシュミレーションを速く効率的に行う事が可能なシステムだ。
「グエムル」の中では、75ものショットで、この筋肉ダイナミックス・システムが使用された。この数値は、事前に予測していた最新マシンで処理可能なショット数を、はるかに上回るものだったという。
[リグはスライダーでコントロール Photo Courtesy: The Orphanage]
また、複雑なアニメーションや筋肉ダイナミクスを効率良く作業&管理する為、Multi-Skeleton Rigging Systemが開発された。このシステムは、複雑なリグをシーン毎にカスタマイズしたり、リグを置き換えたりする作業を比較的容易に行えるのが特徴で、同社のクリーチャー・パイプラインにも対していた。
ただでさえ、このモンスターのデータはものすごく重く、処理速度も遅い。自社開発マルチ・リグ・システムを開発した事によって、オーファネッジは複雑なリグ開発を「更にもう1レベル上」に押し上げる事に成功した。
「ポン・ジュノ監督は、「生きた」モンスターを見せる事に非常にこだわっていました。マルチ・リグ・システムは、モンスターに物量感とエネルギーを与える多大な助けとなりましたが、それは特にモンスターが走るシーンで顕著です。また、モンスターがピタリと止まるようなシーンでも、筋肉に変形や"ゆさぶり"感等のセカンダリー(2次)・アニメーションを与える事で、獰猛で恐ろしい、「生きた」モンスターらしさを出す事に成功しているのです」(ローゼン氏)
○アニメーション
オーファネッジに課せられたチャレンジは、限られた条件の中で、モンスターがいかにダイナミックなパフォーマンス(演技)を魅せ、フォト・リアリスティックな質感を実現するかという部分にあった。
アニメーター達は、まるで息をしているかのような、実在するモンスターらしいパフォーマンスを心掛けた。重量感を感じさせ、しかもスピード感のある動きが要求された。
リファレンス素材として動物の映像を沢山用意し、特にモンスターが地面に接地した際の、皮膚や筋肉のセカンダリー・アニメーションの参考になるものを選んだという。
モンスターが劇中で要求されたパフォーマンスは幅広く、ジャンプ、回転、走り等、様々なアクションが出来なければならなかった。
それでもメッシュ・データが破綻しないシステムを作らなければならない事は、アニメーション作業の上では 最大のチャレンジだったという。
「ショットによっては、ダイナミクス・シュミレーションの結果が、現実とは異なった印象に見えてしまう事もあり、その場合はアニメーター達が手作業で修正を加えていきました」(ステファン氏)
また、モンスターは獰猛であると同時に「太って」おり、動いた際に見える筋肉と脂肪のコンビネーションが「自然に見える」という事に主眼を置き、デベロップメントが進められた。
恐ろしさだけでなく、リアリティを持たせる為に、フェイシャル部分では恐怖、怒り、驚き、集中、幸せ、痛み等のライブラリを用意した。
このフェイシャル・パフォーマンス・アニメーションでは、クラスタ・ベースのフェイシャル・アニメーション・システムを採用。このアプローチにより、膨大な作業時間を節約し、それまでのリグ・シュミレーションをより発展する事が出来たという。
実作業を担当したケイヴェット氏は「複雑な顔面のブレンドシェイプ、クラスター・フェイス・アニメーション・システム、リグ・セットアップ、どれをとっても、ものすごく複雑な構造で大変でした」と語る。
○レンダリング&コンポジット
アニメーションされたデータはOBJ形式でエクスポートされ、MAX上に読み込み、Brazilでファイナル・レンダリングが行われている。
余談であるが、オーファネッジは、ハリウッド映画のエフェクト・ハウスとしては珍しく、MAX&Brazilでレンダリングを行い、After Effectsでコンポジットを行うという、日本のCGプロダクションに極めて近いソフト体系を取っている点が興味深い。
MAXユーザーの方は、ビジネス・モデルとしても参考になるのではないだろうか。
~概論 モデリング・テクニックについて~
○モデリング・ツールとしてのMAYA
MAXユーザーのオーファネッジが、モデリング・パイプラインの中核としてMAYAを採用しているのは、MAYAがアニメーション&モデリングのツールとして業界標準に位置している事、スカラプチャーのように編集出来る多彩な機能や、便利なブレンド・シェイプがある事等が大きな理由だという。
また、MELも魅力の1つで、新しいシステム・メニューやツールを簡単にカスタマイズ出来るので重宝しているそうだ。
「『グエムル』のような、非常に複雑なクリーチャーをフレキシブルにモデリング出来るのは、他のCGソフトと比較してもMAYAだけでしょうね」とケイヴェット氏。
ローゼン氏は、MAYAが落ちる回数が少なく、極めて安定性が高い事を挙げ、「これはプロダクション・ユースの中では極めて重要な事なのです」と語っていた。
○最新映画で使われているモデリング・テクニック
ここ数年のハリウッドでの最新モデリング・テクニックについて伺ってみたところ、次のようなコメントを頂いた。
「我々オーファネッジでは、仕事をする上でのベスト・ツールを常に模索しており、その意味では1つのテクニックや方法論だけには固執していません。その表れとして、現在走っているプロジェクトの中では、モデリングとテクスチャにZBrushを使用しているケースもありますし、Mudboxを使用する事もあります。
ただテクニック面では、現在主流のポリゴナル・ボックス・モデリングの手法は、依然としてオーガニックなクリーチャーをモデリングするには主導的な位置にあり、これに代わる便利で手軽な方法は今のところ現れていません。」(ローゼン氏)
「過去のモデリング・テクニックでやはり大きく変ったのは、ポリゴナル・ボックス・モデリングによるポリゴン・モデリングと、ブラシ・ベースのポリゴン・スカラプティングの手法でしょう。この2つによってCGキャラクターは、よりリアリスティックに見えるようになりましたから」(ケイヴェット氏)
○CGツールの変化について モデリングの視点から
CGモデリングに携わっている立場で、ツールの変化について伺ってみた。
「モデリングの分野は、過去数年間に多種多様な開発が行われているように思えます。CGプロダクションにとって、この部分は非常に興味深い部分です。新しいツールとテクニックは、概念から完成までのワークフローを1つの流れにして、それを改良していきます。今年もシーグラフ前から、既に幾つかの新製品が発表されており、それを実際に試すのが楽しみですね。 」とローゼン氏。
「ポリゴン・モデリングの重要性を挙げておきたいですね。映画の画面で観られる99%のクリーチャーは、今やほぼポリゴン・モデリングによるものと言っても過言ではないでしょう。ポリゴン・モデリングと、Zbrush等のブラシ・スカラプティングの手法はCGクリーチャー製作上でのメイン・テクニックと言えるでしょう。
おなじみポリゴナル・ボックス・モデリングは、依然として大変重要ですし、ブラシベースのポリゴン・スカラプティングの手法は、ディテールを高めていくのに重要です。
近い将来、この2つのテクニックが、モデリング・パッケージの中で、より融合され、より発展していくのを我々は目にする事でしょう。私は、Silo2のようなソフトが、現在この路線上に位置しているツールだと考えます」とケイヴェット氏。
○モデラーを目指す人へ
モデラーを志す人へのアドバイスを伺ってみた。
「モデリングに限らず、CGの全てのエリアについて言える事ですが、ドローイングやペインティング、彫刻、そして写真等の伝統的なフォームを勉強するべきです。
自分の手など、自然にあるものを観察するだけで、それは多大な勉強となり、コンピューター上で仕事をする上での糧となるでしょう。ただ単にコンピューター上だけで仕事をしていては、底が浅くなってしまいます。」ローゼン氏
「美術解剖学、ドローイング、ペインティング、彫刻を学び、現実の世界からリアリズムや造形アートを学ぶと良いでしょう。
これらは、ソフトウェアを学ぶよりもはるかに重要な事なのです。
ソフト上でのテクニック習得面では、ポリゴナル・ボックス・モデリングでどうやってよいエッジ・フローを作り上げていくかを学ぶと良いと思います」とケイビット氏。
○製作を終えて
『「グエムル」が技術面、クリエイティブ面でオーファネッジにもたらした結果を思うと興奮しますね。オーファネッジでは今年の夏から後半にかけて、数々の映画のエフェクトや、フルCGのプロジェクトが予定されているのですが、「グエムル」で培ったクリーチャー・パイプライン等の技術を発展させ、活用していく事には喜びを感じています』とローゼン氏。
今後のオーファネッジの更なる活躍に期待したい。
関連記事: 「オーファネッジ」が閉鎖 10年間の歴史に幕を下ろす(03/12/2009)
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