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映像ジャーナリスト 鍋 潤太郎の随筆による、ハリウッドVFX情報をいち早くお届けします。

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もう9年も前になるが、筆者は映画「ダイナソー」完成後、当時ディズニー・フィーチャーアニメーションのスーパバイジンク・アニメーターだった佐藤篤司氏に独占インタビューを行った。

これは2000年5月、雑誌「CGワールド」に掲載されたが、4ページという限られた掲載スペースに収める為、泣く泣くカット&短縮されたエピソードも多数含まれていた。

今回は、新春特別企画(?)として、当時の取材メモを掘り起こし、佐藤氏へのインタビューの全文&ノーカット版をお伝えしよう。


[ 佐藤篤司氏  写真は  「海外で働く映像クリエイター(ボーンデジタル刊)」で使用されたもの]

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佐藤篤司  Walt Disney Feature Animation / Supervising Animator 

[注:2000年5月当時。2009年現在はSony Pictures Imageworks所属]

64年生まれ。91年に渡米、ロサンゼルスの日系CGプロダクションMagic Box Productionsのチーフ・デザイナーを経て、96年にWalt Disney Feature Animationへ移籍。今年5月に全米公開された映画「ダイナソー」では、スーパバイジング・アニメータの1人として参加した。

備考:この後、ニュージーランドのウェタデジタルに移籍し「ロードオブザリングス」や「キングコング」に参加。現在はソニー・イメージワークスに在籍。



~佐藤さんの経歴をお聞かせください。

 高校を卒業してから、美術学校に3年。その後グラフィック・デザイン事務所で働く傍ら、夜間にコンピュータを勉強。これも3年。

その後、某アミューズメント機器製作会社に入社し、シュミレーションライド用のCGアニメーションを作りました。そこにも3年。


~なんだか、全部、3年周期ですね(笑)

その後、どうしてもアメリカに行きたいという意志が強く、当時注目され始めていたNHK HDCG NewYorkの伊藤博文氏に連絡を取ったところ、LAにMagic Box Productionsをオープンするので、そこでどうかという事になり、Magic Boxで働く事になりました。

チーフ・デザイナーとしてSoftimage3Dを使って仕事をしてい ました。ここにも3年(笑)。

Magic Box の仕事で、フランシス・コッポラ監督のプロジェクトの為、ナパ・バレーで2ヶ月程作業をしたのですが、その際に出会っ た元ディズニーのスタッフから、映画「ダイナソー」の話を聞き、興味を持ちました。それが、ディズニーを受けるきっかけの1つになりました。

その後、ディズニーにデモリールを送り、合格した訳です。


~ディズニーを選んだ理由をお聞かせ下さい。

動機として、まずアメリカに来て映画をやりたかった事、そしてその中でも、特にキャラクターの仕事に魅力を感じた事が、大きかったと思います。

エフェクト等の部分的な仕事だけではなく、映画製作全体に関われるという部分でも、「映画会社」であるディズニーを選びました。

まもなく満4年になります。


~ディズニーに移られて間もなく、「ダイナソー」のプロジェクトへ?

雇われる段階で「ダイナソー」に参加する事は前提とされていましたが、まず入ってすぐ、研修期間がありました。これが長かったです。

ちなみに、入った時は「見習い」でした(笑)社内では“トレイニー”と呼ばれるポジションです。

トレーニング・プログラムがあり、計5ケ月間、それにブチこまれ、最初の3ケ月は伝統的なトラディショナル・アニメーション、そして残りの2ケ月がCGの研修でした。

手書きのトラディショナル・アニメーションに関しては、僕はそのジャンルの経験がなかったので、すごく勉強になりました。

 ディズニーの現役トップ・アニメータ達が講師として教えてくれる訳です。給料を貰いながら学校に通っているような感じでした。あの授業料を仮に金額に換算したら、すごい額だろうな、と(笑)

5ケ月の研修期間が終わった後、プリプロが進行中の「ダイナソー」のプロジェクトに入り、テスト・シークエンスを仮に作ったりしていました。


~その時点では、ストーリーボードや内容は決定していたのですか?

当時はまだ、並行して進んでいました。全体のプリプロとして、ストーリー、プログラム、アニメーション、キャラクターの各デベロップメントが並行している状態でした。その中で、僕はキャラクター部分を担当しました。


~CGアニメータとしてですか?

当時の肩書きは“アニメーティング・アシスタント”でした。これは「アニメータになる為の」アシスタントの呼び名です。その肩書きで3ケ月。その次の肩書きが、“アニメータ”。それも3ケ月。


~全部3ケ月周期ですか(笑)

一応、全部最短期間で。

“ルビ・ボード”と呼ばれる担当者がいて、僕の仕事ぶりをみて昇進させるかどうか、彼が判断するのです。

その最短期間として決まっているのが、3ケ月なのです。

その後、“スーパーバイジング・アニメータ”に昇進した訳です。


~「ダイナソー」の製作期間はどの位でした?

僕が入社した段階で、もう既にプリプロは始まっていました。小規模のデベロップチームが作業を行っていました。

僕が入社する以前の段階から換算すると、足掛け5年位、長い人だと7年位やってるかもしれませんね。


~製作に関わった人数は?

総勢350人が参加しました。

アニメーション・チーム(動きをつける専門のチーム)だけでも60人いました。スーパバイジング・アニメータは、僕も含め9人程です。
     

~動きのスーパバイザが9人。その全体の統括を担当する人もいるのですか?

2人の監督のうちの1人、エリック・レイトンが兼任していました。

彼は元々「ナイトメア・ビフォー・クリスマス」のアニメーション・スーパバイザだった人物です。最初は、アニメータのスーパバイザで「ダイナソー」参加したのですが、後に監督に昇格したのです。

彼が、動きに関する最終的なスーパバイズを行いました。


~もう1人の監督は?

ラフル・ゾンダグと言い、恐竜アニメーションの製作に携わった経歴を持った、アニメータ出身の監督です。


~実際に働いてみて、日本との違いはどうでしたか?

話せば長くなりますが(笑)

僕は、作品の質という観点では、日米の差はないと思うのです。良い作品は良いし、そうでない作品はそうでない。

ただ、CGを製作する「環境」としては、やっぱりディズニーは随分良いと思います。ユニオンというのが存在し、それに基づいて残業手当てや、週末出勤の手当てが支給されます。

日本の現場のように、徹夜で仕事をするような事もありません。

一度、徹夜をしようと思って、寝袋を会社に持ち込んでみたら、「そんな事するな。帰れ」と言われてしまいました(笑)


~ついつい、日本式の仕事のクセが?(笑)

ユニオンもあるし、徹夜や「泊まり」等は会社の管理の面からもマズイようです。

でも、基本的には、余裕のあるスケジュールで仕事をしていました。

 「ダイナソー」の追い込みの頃はちょっと忙しかったですが、 それ以外では時間的にも、安定したスケジュールでゆったり作業を進められる環境でした。

空間的な環境も恵まれていると思います。見てのとおり、広々としています。僕は、8畳位の部屋を、1人で使っていましたし。


~作業の進め方の部分で、日米の差は?

ありますね。ディズニーの感覚では当然なのですが、マネージメント ・チームが洗練されています。それぞれの部署にプロダクション・マネージャがいて、その下にアシスタント・マネージャがいます。

彼らが作業の流れやスケジュールを完全に把握して、プロダクションを円滑に回していきます。

日本の場合、CG現場のディレクタやデザイナが兼任したりする場合が多いと思いますが、ディズニーでは専門の人材がいて、作業や管理の流れがシステム化されているので、非常に作業がやり易かったと言えます。

もちろん、作業を進めるとトラブルも多々発生しますが、もしプロダクション・マネージメントがきちんと機能していなかったら、現場はグチャグチャになってしまう(笑)彼らのお陰で、トラブルもすぐに解決 します。

ディズニーでは、CGの作業が完全に分業化されているので、その部分でもマネージメント・チームは非常に重要です。


~どのような分業化がされているのですか?

ハリウッド、特にディズニーはその最たるものだと思いますが、作業分担は完全に「部署=チーム」として別れています。

例えば、アニメータがモデリングをする事は絶対ありません。その逆もありません。

アニメータの仕事はアニメーションをつける事。
モデリングの仕事はモデルを作る事。

アニメータが動きをつけていて、モデルが気になった部分等は、モデリングのチームにメール等で依頼し、修正してもらったりします。

データのバックアップ等も、専門の人がやってくれます。レンダリングの際も、イントラネットでNetscapeから依頼を出しておけば、優先順位の高いものから、空いているCPUを使ってレンダリングを掛けておいてくれます。


~便利ですね。頼んでおけば、翌朝来たら計算が終わっているとか?

ハリウッドの大手では普及している方法だと思います。依頼の際に、急ぎ / 明日でよい / 2~3日でよい、と優先順位を自分で選んで出しておけば、それを担当が見て、レンダリングして くれる訳です。


~キャラクター・アニメーションのセットアップについてはどうですか?

”モーション・TD”と呼ばれる専門の人がいます。

モデリング・チームが作ったキャラクターのデータにスケルトンを入れたり、インバースの調整、エクスプレッション、 コンストレイン等の複雑な設定を行うのです。

アニメータがキャラクラーのデータを感覚的に動かせる状態まで完全に設定してから、アニメータに手渡される訳です。

彼らが設定した後のモデルをスケマティック画面等で見ると、複雑なコンストレインや、何やかんやで、画面が線でグチャグチャになる程です(笑)。

このように、完全な分業制になっています。


~ハリウッドの大手プロダクションは、SGIで作業をしている会社が多いですが、ディズニーはどうですか?

すべてSGIのワークステーション上で製作されています。僕は、Indigo2 R10000 High Impactで作業をしました。社内で、NTベースのマシンを見掛けた事はありませんね。


~今回、恐竜のアニメーションに使われたソフトを教えてください。

フェイシャルのシステムと、ボディの動き用のシステムは別れています。
       
動体や首、足等の動きはSoftimage3Dを使っていますが、フェイシャルに関しては、Mayaベースで動く"Mug Shot"と呼ばれるオリジナル・ツールを使っています。

デフォルトのShapeがあり、その下にタブが用意されていて、クリックすると、"Eye" "Nose" "Mouse" 等のコントロールが細部にわたって出来るようになっています。

完成度の高いツールでした。

今回の作品は「豊かな表情」がウリなので、リアルな動き、
表情....生々しさを実現するのに役立ちました。

もちろん、ツールだけではなく、各アニメータの才能が結びついて、その2つの相乗効果によって、リアルな動きや表情が出来上がった訳です。
               

~佐藤さんは、恐竜のボディとフェイシャルを両方担当されたのですか?

そうです。そのフェイシャルの表情を注文するのも、スーパバイジング ・アニメータとしての仕事でした。絵を描いて「こんな風に表情をつけて」とアニメータ・チームに指示を出したりしていました。


~佐藤さんが担当された恐竜は?

セリフのない役全般。「大部屋」(笑)の動き・表情づけでした。

僕がメインで担当した恐竜は、肉食で巨大な"Carnotaur"です。ティラノザウルスみたいな狂暴なヤツですね。

後は、"Hard"と呼ばれる群れの動きも担当しました。「島から大陸に渡った後」のシーンの群れのアニメーションは全部そうです。

群れの動きは8割方、サイクリック・アニメーションになっていて、それを効果的に使い回しています。

 あるポジションでループ・アニメを何パターンも作り、それを群れに仕込んでいます。首の高さを変えたり、細部を変えたバリエーションを増やして使っていますから、最終的には、かなりの量のパターンになります。


~最終的なレンダリングのソフトは?

レンダリングは僕のチームの担当ではないのですが、基本的に全部、レンダーマンを使っています。


~実際に仕事をして、コミニュケーション面で困った事は?

困った事だらけです(笑)特に英語は苦労しています。

これからアメリカに来ようと思っている人には、今から勉強してお く事をお勧めします。「来てみれば自然に覚える」というのは大ウソで(笑)来てからも、かなり頑張ってやらないと、身に着かない。

 例えば、ミーティングの場で、大勢の前で言いたい事を発言するのが大変だったりとか、そういうジレンマはありましたね。

細かいニュアンスをスタッフ間で話す時も、良い言葉が出てこなかったり。CG用語なんかは、大丈夫なんですけどね。


~対人関係なんかは、どうですか?文化の違いとか?

周りのアニメータに対して思う事は、みんなナイスだな、と。

~ナイス?(笑)

みんな穏やかで、ナイスですから。会話面での苦労はあっても、周りがナイスなので、人間関係は上手く行ってました。


~ディズニーのCGアニメータは、3次元CGの経験者が多いのですか?

いえ、CGアニメータの過半数が、トラディショナル・アニメーション上がりです。アニメーションの基礎が完全に叩き込まれた状態で、CGをゼロから始めた人が大多数なのです。

彼らは、手書きのセルアニメ、ストップ・モーション、クレイ・アニメ等を専門に仕事をしてきて、そこからCGに移っています。

アニメーション・ディレクターが「ナイトメア~」を担当して いた事もあり、6~7人の人材が、ナイトメア・チームから移ってきています。


~最初から「CGだけ」をやっている人は、逆に少ないと?

比率で言うと、少ないですね。

あと、ハリウッドの考え方として、「アニメータ」というのはアニメーションの勉強を積んできた人の仕事、というのがあります。

だから面接の時も、僕が「CG出身」なので、テクニカル方面のポストが良いんじゃないか、と言われました。でも、アニメ ータをやりたいという意志を強く伝えて、なんとかアニメータになる事が出来ました(笑)

ディズニー以前に覚えたソフト、ハード、Unix等のCGの知識が いろいろある訳ですが、“アニメータ”職についた瞬間、それらの知識は軽視されるというか、無関係というか、非常にゼロに近い扱いになってしまいまして、その反面、アニメーションの実力をカバーする勉強をしなければなりませんでした。


~ディズニーでは、社員の研修制度が充実しているそうですね。

ディズニー社内で「トレーニング・プログラム」と呼ばれる研修制度があります。

ランチ・タイムを利用して、ドローイングや、スカルピーによる粘土造型等の、アートの基本トレーニングを欠かさず行うような研修システムです。

僕は、ディズニーに入ってから、スケッチブックで30冊位ドローイングを描きました。(写真  ドローイングとスカルピー)


~昼休みを利用するのですか?

正午から午後2時の間、自分の仕事の繁忙度に合わせて参加します。各人のプロダクションの都合によって、1時頃に仕事に戻る人が多 いですね。

僕も普段は1時間位ですね。現場が暇な時期は、2時まで描いたりしましたが。サンドイッチを買って、食べながら描いたりします。トレーナー(講師)もいて、指導してもらえます。
      
あと、月に1回、「ランチタイム・レクチャー」というのがあって、ランチを食べながら講義を受けるのです。これは事前に予約が必要なのですが、社内外からの講師のレクチャーに参加出来るのです。

これまでに、ニック・パーク(ウォレス&グルミット)や、レイハレー・ハウゼン(ストップ・モーション・アニメの巨匠)等が講演を行いました。

このようなトレーニング・システムが充実しているのも、ディズニーの大きな特色と言えます。


~「ダイナソー」の作業の上で、意識した部分や、ねらい等はありますか?

僕が担当した部分で言えば、大きさとか、リアリティを失わないようにしつつ、ある程度デフォルメされた動きをつけなければならない、という中での作業でしたね。


~「ジュラシック・パーク」や先頃放映されたBBC放送の「恐竜大国」等の作品とは、どのような違いがありますか?

今までの作品と違うのは、サイエンティック・リアリティー (科学的検証に基づくリアリティ)よりも、キャラクターの“演技”としての部分を強調した作品と言えます。

もちろん、僕自身で恐竜関連の本は読みまくって、どういう 動きをしていた、どんな生活をしていたのかや、生態等は詳しく調べました。

でも、アニメーションをつける段階では、そう言った科学的根拠よりも、演技としての良さ、キャラクターが活きてくる動き等を優先しています。
      
「ダイナソー」は、恐竜が人間の言葉を喋るという作品です し、恐竜である前に、“ディズニー映画のキャラクター”で ある、というのが本筋にあります。


~すると、キャラクターの関連グッズも発売されるのですか?(笑)

出ますよ!マクドナルドのKids Mealとかね(笑)


~今回お邪魔している、この建物について、教えてください。

Walt Disney Feature Animationのデジタル部門を1つの建物に集結したビルで、社内ではこの建物をFAN(Feature Animation Northside)と呼んでいます。

親会社が同じディズニーであるDreamQuest社も、最近このビルに統合されました。これは、もう正式に発表になっています。
      
社内ではこのチームを、TSL(The Secret Lab)と呼んでいます(笑)。

扱い的には、Feature Animationの1部門という位置づけです。

現在、FANのビルでは、実写、長編アニメ、フルCGの映画等が、プリプロ中の作品も含めて、10本程のプロダクションが進行中です。


~佐藤さんは、今はどんなプロジェクトに参加されているのですか?

"102 Dalmatians"をやっています。96年の映画「101匹わんちゃん」の実写版の続編です。今回も実写ですが、ホンモノの小犬だと危なくて撮れないというスタント・シーンを、CGでやる訳です。この作品は、参加してまだ2ケ月程です。全米公開は、今年の感謝祭です。

年末からは、また新しいフルCGの映画のプロジェクトに参加します。3年位の長いプロダクションです。


~3年間の長期のプロジェクト。「ダイナソー」ではどんな感じでしたか?

人によっては、同じ恐竜ばっかり延々と担当する訳ですからね。ある意味で過酷です(笑)。また、同じクォリティをキープする必要があるので、長い期間に渡って集中力を維持するのも大変です。

プロダクションがスタートして、全体で3年かかるとして、アニメーションパートは、大体2年位。残りの期間は僕らの手を離れ、レンダリングや合成チームにバトンタッチします。


~「ダイナソー」の本編は、もうご覧になりました?

まだ観てないんです。今月末に試写会とラップ・パーティ(完成披露パーティ)が行われる予定です。全米公開は、5月19日からです。


~今後の目標は?

自分でキャラクターを作って、ストーリーを作って、監督して、短編アニメーションを作ってみたいですね。今、自宅でその為ののデザインとかアイデアを出したり、チョコチョコやっています。現在製作中と書いてください(笑)


~これからこの業界を目指す人へ、何かメッセージは?

CGソフトを覚える事自体は、ある程度、誰にでも出来ます。それよりも、映像や作品を作るベースとなる「感性の部分を磨く事」が非常に大切だと思います。その勉強を積んだ方が良いと思います。

~今日はどうも、ありがとうございました。

(2000年4/19(水)Walt Disney Feature Animation Northsideにてインタビュー)


 関連記事:
新春特別企画 映画『キングコング』アニメーション・スーパーバイザー佐藤 篤司氏 独占インタビュー全文(01/20/2010)


   過去記事はこちらからどうぞ 全目次


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ハリウッドのVES(Visual Effects Society/全米視覚効果協会)は、毎年6月にビジュアル・エフェクツ・フェスティバルを開催している。

 今年はビバリーヒルズにある全米脚本家協会の試写室、Writers Guild Theaterで、6月8日(金)から10日(日)までの3日間、週末を利用して開催された。

 このフェスティバルは、ハリウッドのVFX現場では「シーグラフよりも面白い」と謳われる程で、メーキング講演などが目白押しの、非常に密度の濃いイベントである。

 このレポートの第5弾を、先週に引き続きお届けしよう。

 ○第3日目 『The VES50』

  THE VES 50 - The most Influential Visual Effects Films of All Time

  Sunday June10th 2007 3:30PM-5:30PM

  John Dykstra

  Richard Edlund

  John Knoll

  Dennis Muren

  Ken Ralston

  Doug Trumbull

 VESはハリウッドを中心とする、世界中のVFXのプロで組織されているが、今回のこのフェスティバル開催にあたり、

 「最も影響を受けたVFX映画ベスト50」を会員投票によって募り、その結果をこの程発表した。

 「このベスト50を会員投票によって決定する試みは、大変スリリングなものでした」

 とVESのエグゼクティブ・ディレクターであるエリック・ロス氏は語っている。

 「これらの作品は、映画が持つ表現能力やストーリーテリングを、VFXによって数レベル上に押し上げただけでなく、われわれVFX界で働く者達に多大な影響を与えたのですから。」

 このパネル・ディスカッションでは、リチャード・エドランド、デニス・ミューレン、ダグラス・トランブル、ジョン・ダイクストラらアカデミー賞受賞暦のあるVFX界の著名人をパネルに迎え、司会はILMのジョン・ノールというメガトン級豪華メンバーが勢ぞろいし、華々しく開催された。

 では、その模様を簡単にご紹介しよう。

ジョン・ノール:
私は1962年生まれです。これらの50本の映画を観て育ったようなものです。いつも「どうやって作ったんだろう?」と思っていました。シネフェックスやスターログ等の雑誌は、もうそれこそ死ぬほど読みました。子供の頃、母に連れられてジョン・ダイクストラのスタジオを訪問し、「これを仕事にしよう!」と思ったものです。

 

ジョン・ダイクストラ:
実は、私は今日「ビンテージもの」の雑誌を持って来ました。1978年のシネ・ファンタスティック誌です。これはスター・ウォーズのメーキング特集号ですが、この号でインタビューされている面々が、今日はなんと全員集合している(笑)すごい事ですね。

ジョン・ノール:
今回、VESメンバーの投票で50本の作品が選定された訳ですが、パネラーの皆さんが個人的に影響を受けたと思う作品を、今回のリスト50に入っていない作品も含め、挙げてください。

ダグラス・トランブル:
私が影響を受けた作品ですか…ディズニーの「バンビ」(1942)かな(笑)最も観たのは4歳の時でしたが。「ピノキオ」(1940)で採用されたマルチプレーンの撮影台による映像にも、後々すごく影響を受けました。あとは「宇宙戦争」(1953) なんかも捨てがたいですね。

 
ケン・ラルストン:
私は「シンドバット」(1958) ですね。あと昔のSFテレビ・シリーズにも影響を受けました。そのせいで、今でも火星人が怖いです(場内爆笑)

 デニス・ミューレン:
私も「シンドバット」(1958) ですね。この作品に出てくる、レイ・ハリーハウゼンによるガイコツとの戦いシーンのストップ・モーションアニメから受けた衝撃は大きかった。「宇宙戦争」(1953) を初めて観た時は、怖くて隠れながら観た思い出があります。

あと、私が日本の「ゴジラ」(1954)から受けた影響の大きさは計り知れないものがあります。「ゴジラ」は是非名前を挙げておきたいモンスター映画です。

 リチャード・エドランド:
ヒッチコックの「鳥」(1963)等は印象深いです。また「十戒」(1956) での"紅海の水割り"は、今観ても「よく作ったな」と思いますね。

ジョン・ダイクストラ:
「2001年宇宙の旅」 (1968) を観た時、私は17歳でしたが、そのリアルな映像にビックリしました。あの仕事を見て、私は実写の仕事がしたいと考えるようになりました。

ケン・ラルストン:
観て育った中では、ワーナーの、一連のテレビアニメなんかは良い思い出ですよね。あと、「ピノキオ」(1940)や「ファンアジア」(1940)、 「トイ・ストーリー」(1995)なども印象に残っています。

デニス・ミューレン:
「透明人間」(1958)も良かった。また、飛行船の爆発事故に爆破説を絡めて描いた「ヒンデンブルグ」((1975)も忘れられませんね。

ジョン・ダイクストラ:
「宇宙からの生命体 ブラッドラスト」(1958)なんかも、白黒ですが、味があって私の好きな作品の1つです。

 ジョン・ノール: さて、では今日ここにおられるパネラーの皆さんが実際に携わられた「2001年宇宙の旅」 (1968)や「Star Wars」(1977)、「未知との遭遇」 (1977)等について語って頂きましょう。

トランブル氏、あなたは「2001年」で、"special photographic effects supervisor"を担当されていますが。

 ダグラス・トランブル:
当時、私は23歳でした。「2001年」の製作経験は、私にとっては学校のようなものでした。ジョン・ウィットニーが使っていた手法を応用して撮影したショットもあります。最も当時はまだコンピューター制御がまだまだ普及していない時代でしたが。

ジョン・ノール:
その点、コンピューター制御のパイオニアという部分では、ダイクストラ氏ですね。

ジョン・ダイクストラ:
私はもともと、カリフォルニア州立大バークリー校で、コンピューター制御のカメラを使って、コマ撮りでモーション・ブラーを表現する実験をしていたのです。その後、トランブル氏の紹介で「スター・ウォーズ」に参加する事になりました。

当時、特撮部分の撮影はロサンゼルスのVan Nuysで行われていました。

 バレー(ハリウッドの山の裏側のエリア)の夏は、昼間の灼熱地獄がものすごく、撮影の時は死ぬかと思いました。交代制で24時間の連係で撮影が行われました。その点、デニス君は役得だったのです。

デニス・ミューレン:
そう、私のシフトは夜班でしたので、灼熱地獄を味あわずに済みました(笑)「帝国の逆襲」では、合成のマットラインを消すのに苦労しました。50万ドルもするオプチカル・プリンターで、マットラインを縮小させる方法を試行錯誤したものです。

 マットラインを目立たなくさせる為に、輪郭を強調した雌マスクを作ってマットの上に合成して輪郭部分を縮小させてみたり。

その意味では、「未知との遭遇」での作業は、オプチカル・プリンターでの多重合成が本当に大変でした。「未知~」で今でも自信を持って言える事は、「CGでは作れない映像が出来た」事です。

最新のCGテクニックを駆使しても、このクオリティを凌駕する事は難しいのです。

 なぜならば、本物のミニチュア・モデル、本物のライト、フォグ、ライトのフレアなど、撮影セットで「物理的に起こっている」現象を、フィルムの特性を最大限に使って撮影したからです。

これはデジタルの、リニアの特性を持つフレアとは見た目が全く異なり、実際のミニチュアが持つ奥行き感やディテールなど、これは実写でしか撮り得ない映像なのです。

ダグラス・トランブル:
確かにその通りだと思います。実際、その後の「ブレード・ランナー」は基本的に、カメラとレンズ、そしてテクニックは「未知との遭遇」と同じものを使って撮影しましたしね。

 デニス・ミューレン:
「未知~」で、もう1つ、最新のCGでも出来ない映像としては、空に広がる雲のシーンがあります。

 雲のシーンは、水タンクに白ペンキを垂らし、それを72コマ・秒のハイスピード・カメラで撮影しています。雲なので、単なる煙とは違い、下部分を平底にする必要がありました。その為に、次のような"技"を使いました。

 タンクに淡水と塩水を入れると、比重が重い塩水は下へ溜まり、淡水は軽いので上部へ重なります。両者が交じり合わない特性を利用して、淡水部分にペンキを拡散させているのです。

 また、雲の中央に穴があくシーンがありますね。

 これは、ある時にスタッフの1人が、タンクを蹴飛ばしたら振動で波紋が起こり、中央部分のペンキが薄くなるという世紀の大発見をしました(場内爆笑)

あれは、それを撮影したものなのです。

このパネル・ディスカッションは、合間に映像の上映も含めて行われ、あっという間に終了時間となってしまい、惜しまれながら終了した。

終演後も、パネラーと久しぶりの再会を喜び合う元同僚の参加者や、サインをもらう参加者、デニス・ミューレンと記念写真を撮る参加者など、かなりの盛り上がりを見せてた。

  

○第3日目 『2001 - A SPACE ODYSSEY』

  Sunday June10th 2007  6:30PM

  Doug Trumpull

 今年のVFXフェスティバルの最後を飾ったのは、「2001年宇宙の旅」の特別上映会、そして上映前に行われたダグラス・トランブル氏による特別講演であった。

 日本でも「オプチカルの神様」「特撮の神様」と崇められる程、ファンも多いトランブル氏だが、アメリカでは「発明家的フィルムメーカー」「革新者」「企業家」という複数の顔を持つ。

 そのスキルを、長きに渡るフィルム・メーキングのキャリアの中で発揮してきた。

トランブル氏はキャリア初期に、「2001年宇宙の旅」における、4人のspecial photographic effects supervisorのうちの1人として参加。

その後に参加した「未知との遭遇」「スタートレック」「ブレードランナー」は多くの映像製作者に感銘と影響を与えた。

 また監督作品として、「サイレント・ランニング」(1972)『ブレインストーム』(1983)、ユニバーサルスタジオのライド「バックトゥー・ザ・フューチャー ザ・ライド」(1991)、ラスベガスのルクソール・ホテルのIMAXライド「Secrets of the Luxor Pyramid for Luxor」(1993)などがある。

では、ダグラス・トランブル氏の講演内容を簡単にご紹介しよう。

 
40年も前の作品ですが、こうして未だに講演に呼んで頂ける事を、大変な誇りと光栄に思っています。

私と、監督のスタンリー・キューブリックは良き友人で、彼の誘いにより「2001年」に参加する事になったのが、そもそもの始まりでした。

 撮影現場の光景は、巨大な宇宙船の回転セットや、それらを取り囲む大がかりな空調システムなど、60年代後半当時としては珍しい規模のものでした。

 撮影では、随所でキューブリックらしい「こだわり」がみられました。

 宇宙船の船内は、特別な照明を焚かずに現場の船のセット内にあるランプ等の自然な光だけで撮影されました。自然なライティングを余すことなくカメラが捕らえるよう、細心の注意を払って撮影されています。

 私の役割は、実際に撮影現場へ行き、追加で必要とされる「特殊映像」を担当する事でした。

 ライブ・アクション部分は35mmで撮影されています。宇宙船のモニターに映っている「CG」は、アニメの撮影台で撮影され、あとからオプチカル合成されたものでした。

 また、コンピューターのワイヤー・フレームの映像はこうやって作りました。

 針金で作ったオブジェを白くペイントし、回転させ、それを黒バックで撮影しました。これぞ、"本物"のワイヤー・フレーム(笑)

 これらは、オプチカル・プリンターで実写映像に合成していますが、ショットの中にはオプチカルのテクニックを駆使して苦労して仕上げたものの、残念ながらNGになってしまったショットもありました。

 さて、今夜これから上映されるフィルムは残念ながら70mmm版ではなく35mm版ですが、ワーナー・ブラザーズの担当者によればプリントの状態はかなり良いそうです。

 それでは、今日はありがとうございました。(談)

 


 
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