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映像ジャーナリスト 鍋 潤太郎の随筆による、ハリウッドVFX情報をいち早くお届けします。

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ここロサンゼルスでは、ACM SIGGRAPHの地方分科会である"LA SIGGRAPH"の月例会が毎月開催されている。

内容は毎月異なり、新作映画のお披露目やメーキング講演だったり、目新しいテクノロジーの紹介だったりする。

この月例会には誰でも参加出来、会員になって年会費$35.00を納めれば、毎月の月例会の参加費は無料となる。

会員でなくても、会場入り口で参加費15ドルを支払えば入場出来る。しかも学生の非会員は、学生証を提示すればたったの5ドルで月例会に入場出来るという特典もある。

さて、11月の月例会は、なんと全世界で同時公開されたばかりの「Matrix Revolutions メーキング講演」。

どうやってホバー・クラフトやトンネルを作り上げ、チェイス・シーンを実現し、マシン・ワールドやザイオ
ンシティの描写や、「あの」超激突シーンを仕上げたのか?

それらを、この作品に参加した各エフェクトハウスのエキスパート達に、製作の舞台裏を存分に語って頂こうという、非常に贅沢な内容であった。

ちなみに、この日の列例会のスポンサーは、MAYAでお馴染みのエイリアス。まず最初に大抽選大会があり、当選者にはMAYA本(Version5.0用、$75.00相当)等がプレゼントされた。

会場は前回に引き続き、ハリウッドにあるPacific Hollywood Theaterという古い映画館。

ここは現在、一般公開には使用されておらず、The Digital Cinema Laboratoryが所有、DLP等のデジタル・プロジェクションのテストや技術評価、そして試写等に幅広く利用されている、言ってみれば業界向試写用映画館である。


The Visual Effects of the Matrix Revolutions

Thursday November 20, 2003

Program
6:30-7:30 Social Hour(懇親会)
7:30-9:30 Program
 
Location
The Digital Cinema Laboratory
at the Pacific Theater in Hollywood
6433 Hollywood Blvd.
Hollywood, CA 90028


パネラーの顔ぶれは下記のとおり。

John Gaeta - Senior VFX Supervisor
John DesJardin (DJ) - VFX Supervisor, Real World Material
Jim Berney - VFX Supervisor, Sony Imageworks
George Murphy - VFX Supervisor, ESC
Craig Hayes - VFX Supervisor, Tippett Studios
Michael Schmitt - VFX Supervisor, Giant Killer Robots
Matt Dessaro - CG Supervisor, ESC

"DJ"ことVFX SupervisorのJohn DesJardinが総合司会を
務め、各CGベンダーのパネラーがそれぞれの担当シーン
を解説した。

では、その内容を「さっくり」と要約し、ご紹介してみる
事にしよう。


○Jim Berney - VFX Supervisor, Sony Imageworks

ソニー・ピクチャーズ・イメージワークスでは、関係者の間で「トンネルと船」と呼ばれている区分を担当した。

ザイオンのホバークラフト(船)や、船が通過するトンネル内部などがそれである。

トンネル内の高さは200フィート(約61メートル)という設定になっており、スケール感を出す為に、船など他の要素もこれにあわせたサイズになっている。

トンネルの内部には複雑なパイプが縦横無尽に走っている。

この膨大な数のパイプを配置するにあたり、単なるスプライン上に、パイプをプロシージャルに自動発生させる、「パイプ・ツール」等が開発された。

Wreck Kageと呼ばれるトンネル内の製作過程は、

パイプのモデリング→テクスチャリング→奥行き感が出るように意識したライティング→4レイヤーのガスの合成、

などを経て、だいたい6レイヤー位で構成されている。レンダリングはレンダーマンだ。

イメージワークスでは他にも、ホバークラフト全般、随所に登場する膨大な数のセンティネルズ(Sentinels)等も担当した。

ホバークラフト"Mjolnir号"のチェースシーンのライブアクションの撮影は、ディズニーランドの「スター・ツアーズ」等で使用されているような油圧可動のモーション・ライドに、コックピットのセットを据えつけて撮影。

ローレンス・フィッシュバーン (モーフィアス)らは、このモーション・ベースに実際に乗り込んで、本当に木の葉のように翻弄されながら演技をした。

この演技は相当大変だったようで、この映像では「I'm trying!!(努力はしてるんだ!でも出来ない!」と笑いながら叫んでいるローレンス・フィッシュバーンの姿が見える。(場内爆笑)


○Craig Hayes - VFX Supervisor, Tippett Studios

ティペット・スタジオでは同じくトンネル内のシークエンスを担当したが、129ショットのうちフル・デジタルなのが約20ショット、他は巨大なミニチュアとの組み合わせだ。

トンネル内のデータはイメージワークスから届いたジオメトリを使用する等、各CGベンダーと連携を組んで作業は進行した。

センティネルズの動きは、ダイナミクスのシュミレーションで動きを作ったショットもある。数が膨大で大変だった。

さて、これはホバークラフトの稲妻のエフェクトのテスト映像。最終的に、トンネル内のホバーグラフトのショットは全部で19レイヤー程になった。それにアトモスフィアー(霧やガス等)を足している。飛び散るパーティクルのレイヤーは、変化を出す為にコリジョン後は色を変える等、視覚的にも工夫してある。

このように、なるべくレイヤーを多くしてコンポジットで微調整が可能なようにしている。

その理由は単純だ。コンポジット部隊がすぐに直せるような事を、全て3DCGで変更しようとすると、レンダリングだけで膨大な時間が掛かってしまうからだ。

 

○George Murphy - VFX Supervisor, ESC

ESCでは多種多様なショットを担当した。ここでは、それぞれのパート別に詳細をご紹介する事にしよう。

今、パワーポイントでお見せしているのはアート部門が製作した膨大な"Real World"のアート・ボードだ。

見るとこの日付けは2000年だ。それ程前から準備していた事になる。このアート・ボードのサイズは様々で、大きいものは人間の背丈位ある。

さて、これはオーストラリアのシドニーで行われた、実写部分のスタジオ撮影の模様。

Clayton Watson演じる"Kid"が弾薬を運ぶシーンの撮影風景の全景を、記録用としてビデオカメラで撮影したものだが、ここはシドニーで一番大きな撮影スタジオだそうだ。

こうやって、弾薬を積んだ台車を押して必死に走るKidをステディ・カムによる撮影、もしくはドリー(レール)を配置して、数人のグリップ(撮影特機係)がドリー撮影のカメラを移動させる事により、動き回るKidの姿を捕捉している。

こうして見ると、それまで脇に立って待っていた死体役のエキストラ達が、カメラが近づいてくると急いで地面にはいつくばって、死んでるようにみせている事がよ~くわかるね。(場内爆笑)

一方、サンフランシスコのアラメダにある撮影スタジオでは、爆発ショットのコンポジット素材用に、火薬による爆発のハイスピード撮影が行われた。

これは、昔から使われている技法で、普通に24コマ再生するとスローモーション状になる為、巨大で迫力ある爆発に見える訳だ。

また、ここでは膨大な量の、巨大なミニチュアを使用した撮影が行われた。

モーフィアスの船が、閉まりかかったドックのドアを突き破りながら侵入してくるシーン。これ、実はCGではなく巨大なミニチュア撮影だ。意外でしょ?

レールの上の台車に船のミニチュアを固定し、それをすさまじい速度でミニチュアのドアに激突させ、それをハイスピード撮影した。結果は上々だった。

さて、ドック内で展開される、人が乗り込んで戦う戦闘マシンAPU(Armored Personnel Units)対センティネルズのバトルシーンだが、このAPUは映画の画面ではちょっとわかりずらいが、実は細部に渡るまでデザインが決まっている。

これはそのベースとなったデザイン画。ロボットの腕の所には女性像が彫ってあったりもする(笑)

このAPUはCGだが、載っている人物は実写撮影だ。このように、運転席部分だけ作ってあって、他はグリーンに塗られた油圧のモーション・ベースを使って撮影した。

(注:大きさ的にはフォーク・リフトと同じ位に見えた)

このモーション・ベースはオペレーターによって操作され、周囲にはトラッキング用のマーカーがつけてある。

俳優はこれに乗りこんで、実際に揺さぶられながら演技をして、それを撮影。この素材をマッチムーブして、CGのAPUとコンポジットしている。

ドックの中は、ミニチュアとCGのシーンがあるが、フルCGのドックはデータがメチャクチャ重いので、レイヤー別に分けてレンダリングした。

複雑な動きをしながら泳ぎ回る2万匹のセンティネルズだが、この動き方は「Swarm(昆虫の群れ)・コンセプト」と呼ばれた。

この泳ぎ方だけでもスタッフ間で3日も議論してやっと決まった大変なもので、きちんと泳ぎのパターンにも規則性がある。

APUとセンティネルズの対決シーンは300ショットにも及び、これは映画全体のショット数の3分の1以上に相当する。

ESCで担当したCGクリーチャーは他にもあり、壁面を掘削しながら侵入してくるディガー(DIGGER)等もそうだ。これまたデザインが複雑で、特に足回りのメカニズムは、ちょっと入り込んだ形をしている。

これは、ディガーの足を動かしてのモーションブラー・テスト。

…こうしてみると、ディガーがエアロビの音楽に合わせて踊っているようでなんだかマヌケだ(笑)しかし、何気にグローバル・イルミネーションでレンダリングされていたりするのがミソ。


さて、この映画のハイライトとなるネオとスミスの大激突だが、かなり多くのショットは実写で構成されている。

空中でクルクル回転しながら戦うネオとスミスは、このように複雑な回転式リグに体を固定しての、正真正銘の実写による撮影だ。

(注:グリーンスクリーンをバックに、空中をクルクル回っている2人の撮影風景が出ると、場内からどよめきが起こる)

2人とも、何度も360度回転させられたので、かなり目が回った事だろう。

また、空中の2人を支えたり、複雑なリグを操作するのに、かなり多くのスタッフが、グリーンの全身タイツを着て動き回った。

(注:「もじもじ君」みたいなグリーンの全身タイツを着たスタッフ達が、グリーン・スクリーンの前で宙刷り状態で闘うネオとスミスの周りを忙しく動き回る映像が流れる。場内大爆笑)

雨の中で対決するネオとスミスも、その多くが実写撮影だ。

スミスの群れもしかり。このように、マネキンによるショットと、スミスに似せたエキストラを集めて撮影したショットとがある。

これは、その撮影におけるエキストラの休憩風景だが、大勢のスミスが休憩しているのは、一種独特の雰囲気だ。(場内爆笑)


○Matt Dessaro - CG Supervisor, ESC

我々が「スーパー・パンチ (Super Punch)」と呼んでいる、ネオがスミスを殴りつけるスローモーションのシーンがある。

このショットは、フルデジタルだ。

最初は実写で撮影されたが、後でCGに差し換えられた。では、どうやって実現したのかを説明していこう。

まず、スミス役の俳優Hugo Weavingのほっぺたを、エア・キャノン(高圧空気を発射するガン)で撃って、それをハイスピード撮影。

(注:空気の塊がHugo Weavingの頬を直撃、思わず顔をしかめるWeavingの顔のアップが映写される。場内からは笑い声と共に「あ~、痛そ~~」という声も漏れていた)

この映像をリファレンスにして製作が進められたが、このシーンは全部で7~9ケ月を費やした。

リファレンス映像を元に、少しづつ殴られた瞬間の表情や、顔面に走るリップル(衝撃による波)、スミスの頬に残るゲンコツの跡、等を調整していった。

これは初期のテスト。なんだか漫画みたいな仕上がりだが、段階を踏んで良くなっていくのがおわかり頂けるだろう。顔面のリップルは、シュミレーションで作って調整した。

顔のテクスチャは、前作同様、顔を3面(左斜め前、正面、右斜め前)から撮影して起してマッピングしている。詳細はSIGGRAPH2003の資料を参考にされたし。

一方、ネオの動きに伴う雨の動きは、ゲンコツによって押し出される水滴、風圧で動く水滴等がシュミレーションによって構成されている。これらは最終的にメンタルレイによってレンダリングされた。

これらの各デジタル・エレメントをデベロップする過程は、「デベロップメント・ワーク」と呼ばれた。これには、雨とか、雨垂れの跳ね返り素材、ボリューメトリック・レンダリングによるフォグ(霧)等が含まれている。

中には、ウェット・スミス(濡れたスミス)とドライ・スミス(乾いたスミス)の対比なんてのもあった。ドライ・スミスが濡れた場合、皮膚やスーツがどんな質感になるのか、というのをテストしたりも
した。

ネオとスミスが絡む一連のシーンは全部で139ショット程あるが、「スーパー・パンチ」はバーチャル・キャラクター(CGキャラの事)によるフルデジタル、他のショットの多くはCGと実写の組み合わせ、もしくは全部実写のシーンだ。

最終コンポジットでは、すべてのエレメントをまとめた上で、カラーコレクションの段階で「マトリックス・カラー」と呼ばれる緑色を上に乗せて、完成する。


ところで、これは我々が「スーパー・ブラウル(Super Brawl/ 注:直訳すると「超激突」とでも言おうか)」と呼んでいる、ネオがシティに落下し街が吹き飛ぶシーンの、各コンポジット・レイヤーをお見せしよう。

作業の日付けは2002年の12月3日になっている。ちょうど1年程前だ。

このように、ミニチュア、実写素材に加えて、CGによるビルの破片、CGのガラスの破片、ボリューメトリックの煙など、かなり多くのレイヤーによって構成されている、複雑な合成ショットである事がご理解頂けるだろう。


○Michael Schmitt - VFX Supervisor, Giant Killer Robots

我々のスタジオ「ジャイアント・キラー・ロボット」(注:直訳すると巨大な殺人ロボット)は、サンフランシスコにある。

我々は前作の「リローデッド」に引き続き、主にザイオンを担当した。

他のスタジオと同様、この作品ではCGベンダーが連携して作業した為、ESCとイメージワークスで製作されたデータが集められ、シーンが構築された。

特にイメージワークスから送られてくるデータは驚異的で、その完成度の高さには、我々もただただ驚かされるばかりだった。

さてこのザイオンだが、全景から各セクションやフロア別の細部に至るまできちんと設定があり、どこか居住区、どこがエンジニアリング区、という風に細かくデザインも決まっている。

これらのショットでは、ジオメトリがメチャクチャ重いので、かなり多くのレイヤーに分けて、コンポジット時に細部を調整している。

また、巨大なデジタル・マットペイントを沢山用意し、それを背景に用いた。カメラがパンするシーン等では、それに対応する為に縦長の高解像度マットペイントも用意した。


○Craig Hayes - VFX Supervisor, Tippett Studios

え~、先ほどに引き続き、2度目の登場。

しかし、前の人達が喋りすぎて、もう時間が押しに押しちゃってワシが喋る時間は殆どないそうで、すぐ終わるように手短に話すので、どうか帰らないでもうしばらく聞いてね(笑)

ティペット・スタジオでは、一番最後のマシン・シティも担当した。

映画で言うところの、ネオとトリニティが乗った船が突入&不時着するあたりからだ。

マシン・シティは、ロケット・エンジンをモチーフにデザインされている。細部までモデリングされたオブジェをブロック状に沢山組み合わせる事により、あのような摩天楼を表現している。

ショットによってはパーティクルのテクニックを応用した箇所もある。地面のジオメトリにパーティクルを降らせ、そのコリジョンポイントからプロシージャルにビルが生えてくるように見せたようなシーンもある。

この作品では、MAYA5.0とレンダーマンの組み合わせと、コンポジットにはAppleのShake、そして多くの自社開発ツールを使用している。システムはLinuxとWindowsベースのPC,そしてSGI OriginやMac等で構成されている。

それでは、もう時間なので、さようなら。


…と、このような内容であった。最後はDJが締めの挨拶をし、この日のプレゼンテーションは幕を閉じた。

ものすごく盛りだくさんの内容で、予定時間を大幅にオーバーし11時近くに終わったこの日の月例会だが、聞いている側もかなり疲れた様子だった。

知人の一人は「…やっぱり大人数の大きいスタジオは違うな、という事を思い知らされたなぁ」としみじみ語っていた。

ところで、筆者は「Matrix Revolutions 」を鑑賞したが、個人的な感想では、あまり映画作品としては好きにはなれなかった。映画自体が持つ表現媒体としてのエネルギーと、あまりにも「詰め込み過ぎ」とも言えるエフェクトとのバランスがうまく取れていないような印象を受けたからである。

しかし、こうしてエフェクトのメーキングだけを集中して見ると、それなりに感銘を受けたのは自分でも興味深い感覚であった。

同時に「映画の中での、表現手段としてのCGやエフェクトのあり方」が更に問われる時代に"既に"差し掛かっているのを実感しながら、会場を後にした。

 


 
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さて、「キル・ビル」の全米公開から数週間が経過した10月27日月曜日、ハリウッドにあるディレクターズ・ギルド(映画監督協会)の試写室において、「キル・ビル」の試写会&タランティーノ監督とスタッフによる質疑応答が行われた。

予約受け付けがアッという間に満席となったこの日の試写会。会場には映画関係者やタランティーノファンが大勢押し寄せ、試写はものすごい盛り上がりであった。

試写が終わると、タランティーノ監督が登場。編集スタッフ、音響スタッフと共にステージに上がり、パネル・ディスカッションと質疑応答が行われた。

Tシャツの上に「キル・ビル」オリジナル革ジャン、そして下はジャージとジョギング・シューズという、めちゃくちゃラフな格好でステージに上がったタランティーノ監督は、ユーモアを交え「キル・ビル」について、マシンガンのような早口トークで、エネルギッシュに語った。

この日は映画制作者の為の講演なので、会話の内容は極めて現場寄り。

なかなか興味深いものがった。おそらくは、よくある俳優メインの記者会見では網羅されないような、掘り下げた内容であったのではないかと思う。

では、その模様をさっくりと、ここでご紹介しておこう。


○「キル・ビル」は、私がこれまでに撮ってきた3本の映画とは全く異なるカラーとなった作品である。


○元々のアイデアは、「パルプ・フィクション」(1994)に遡る。ユマ・サーマンの1言がキッカケだった。私が「リベンジ・ムービー」をやってみたいとユマに言ったところ、彼女は「花嫁の設定がいいんじゃないかしら」と1言。それが「キル・ビル」なった。

 だから、原案は私とユマが2人で考えた事になる。

 ※エンドクレジットにも、原案 Q&U (クエンティン&ユマ)と記載されていた。


○私は監督になる前は、ビデオばっかり観て「監督になる準備(?)&トレーニング」をしていた。この頃、映画を観た時に印象的な映画音楽に出会うと、その後どこかでその曲のフレーズを聴いただけで、映画の1シーンを思い出す、という事に気がついた。

 自分が映画を撮るなら、絶対にそれを実践したいと思っていた。

 「キル・ビル」では音楽に力を入れ、選曲にあたっては自分が趣味で集めた膨大なレコード・コレクションの中から、リズムとビートが効いた、印象的な曲ばかりを集めてみた。

 音楽とビジュアルとのパーフェクト・マッチを狙ってみたつもりだ。


○使う音楽はかなり初期から決めていた。そのお陰で、サウンド部門では音楽と効果音のコントロールや、テンポやノリの調整等が、普通の映画に比べてスムースに進んだようだ。


○撮影監督は、数人の候補の中から、最終的にRobert Richardson(代表作:「ナチュラル・ボーン・キラーズ」、「JFK」、「ヒマラヤ杉に降る雪」等)に絞った。彼の自宅に、参考用となる映画の宿題ビデオを40本(本当)を箱につめて送りつけ、「これを全部見ろ」と。

 すると、2週間ですぐ返事が来て「全部観た。この作品とこの作品は素晴らしいね。もっと他にはないのか。もっと見せろ」と言ってきた。

       「なんてこった、I love this guy!!」

 所謂、有名な大物撮影監督は何人も知っているが、自分の持つ世界観に近く、自分に共感してくれる撮影監督は極めて少ない。

 これは、非常に嬉しかった。


○チャンバラ・シーン等の白黒のシーン※について聞かれる事が多いが、これは言ってみれば、異なる「ビジュアル・パレット」を使って、観客に斬新な印象を与える目的で使ってみた。

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 ※アメリカ版は冒頭のシーン、そしてチャンバラ・シーンが白黒になっている。

  巷で言われているような、「血を見るシーンは白黒になった」という表現ではなく、あくまでも表現者としてのコメントだったのが興味深かった。
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○パルプ・フィクションの時の撮影期間は10週間だけだったが、「キル・ビル」では全部で150日※も費やした。

 ※巷で発表されている数字とは異なるが、監督はそう言っていた。


○ストーリー・ボード・アーティストは使わない。私は自分で描けるので、自分で描く方が速い。


○脚本の随筆にはものすごい時間と、労力をかけた。だから、もしスタッフの中に脚本をきちんと読み込んでなくて、それでヘマをしやがるようなヤツがいたら、ブチ殺しちゃう(笑)
 

○青葉屋での80人滅多切りシーンでは、フィルムを100万フィート位使ったんじゃないかと思える位、膨大な量を回した。編集さんご苦労さん(笑)

 このショットは、編集作業だけで2ケ月もかかった。
 
 Sally Menkeなくしてこの編集作業の成功はなかっただろう。彼女は私にとって無くてはならないエディターだ!!

  (ステージに同席した編集のSally Menke女史、テレまくり)


○青葉屋のシーンは北京で撮影したが、マンダリン(北京語)・カントニーズ(広東語)・日本語・英語(アメリカ英語、オーストラリア英語)の4ケ国語が飛び交う、ものすごくインターナショナルな現場だった。

 カントニーズを日本語に訳して、それをマンダリンに訳して、それから英語に訳して、というものすごい空間だった。その意味で、この映画はインターナショナル・スタッフによるインターナショナル・ムービーだと言える。


○ぶつかり合う刀のサウンド・エフェクトは、よりアコースティックに、よりオーガニックな響きを出す為、次のようなレコーディング方法が採られた。

 大編成オーケストラで映画音楽のレコーディングをする為の、大きなオーケストラ・ピットで刀の生音を録音。これにより、シンフォニー・ホール特有の、5~7秒の自然な残響が生まれ、それが刀がぶつかりあう音をリアルに、美しく、そしてアコースティックに捕らえる事が出来た。

 電子的に作り出した効果音とは、また一味違う印象を与えたはずだ。


○登場する刀は、各キャラクターによって微妙に違う。例えば、オーレン・イシイの刀は、すごくクリアーで鏡面反射率が高い、とかキャラクターの性格を反映して作ってある。

 これには日本人スタッフが大活躍した。彼らの働きぶりはすごくプロ意識を感じさせられる、素晴らしいものだった。


○アニメのシーンは、日本のホテルで、自分で演技をしてゼスチャーを交えながら、アニメ・スタッフに展開を説明した。

 子供のオーレンが「Whimper」という言葉を飲み込むところとかね。こんな風に描いて欲しい、というのを実際に演じて見せた訳だ。

 それを通訳が日本のアニメーションのスタッフに説明した。音響効果はアメリカで作業をしたが、声優さんは日本のアニメ界でも有名な方にお願いした。


○竹筒がカコーンと音をたてるWater Dipper(鹿おどし)を、日本らしさを醸し出すのに非常に効果的だと思い、雪景色のシーンに使ってみた。

 ただ、鹿おどしは水がいっぱいになるとカコンと倒れるという「一定周期」で動くので、これが複数ショットにまたがって登場するには技がいった。

 ただ単にフィルムを繋いだだけでは、鹿おどしのタイミングがバラバラになってしまう。一定間隔をおいてカコンと倒れるように、観客に違和感がないように見せる為、編集の際はコマ割りに気を配った。

 例えば、鹿おどしが、ザ・ブライドにタイミング良く被って見えるシーン。

 このシーンはここでカコンとなるので、そこから何コマさかのぼってカットすれば、その前のシーンのカコンに丁度つながる、など。

 これは、編集さんの見えない努力だね。


○「プッシー・ワゴン」はプロダクション・デザインのDavid Wascoのアイデア。「君のドリーム・カーを作ってみてくれ」と頼んだら、あ~ゆ~車になった(笑)

 キーチェーンは、アート部門にあったCADシステムで作った。


○CGはあまり使わない。登場するのは殆どミニチュア。飛行機と東京の街、ザ・ブライドの頭を打ち抜く拳銃のクローズアップ・シーンは、すべて巨大なミニチュアだ。

 CGを使わない理由はいろいろあるが、「リアリズム」を追求したいという事が大きい。

 最近の「ターミネーター3」等は、CGをすごく多用している。映像は確かにものすごいのだが、ある意味、リアリズムに欠けるように思える。リアリズム以前の「何か」が違う、そういう印象がある。こうした理由から、CGはあまり使わない。


○最近、他の人からよく「流行のHDカメラで撮れば良いのに」というアドバイスをよくもらう。扱いも簡単だし、現像しなくて良いし、地獄のようなディリー試写も必要ないし(笑)。確かに便利は便利なのかもしれない。

 でも、単純にHDカメラに触れる機会がなかったという事もあるが、私は基本的にフィルム撮影が好きだ。

 「フィルムが好き」、それが一番大きな理由かもしれない。


○「キルビル」Vol.1はリベンジ・ムービー。Vol.2はスパゲティ・ウエスタン※だ。

 Vol.1の劇中で千葉真一演じる服部半蔵は「復讐は、森だ」と説いているが、まさにVol.2は「森」だ。

 現在はまだVol.2の作業中だが。是非楽しみにして頂きたい。

 今日は、みなさん、来てくれてどうもありがとう。

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 ※スパゲティ・ウエスタン
  60-70年代にイタリアで製作された西部劇の総称。「荒野の用心棒」等が有名。
  その多くにはクリント・イーストウッドが出演している。総じて低予算・低画質
  ・フィルム粒子が粗くザラザラの絵が特徴と言えば特徴(笑)。
  血生臭く、野蛮な雰囲気がウリでもある。
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★タランティーノ監督に直撃。「怨み節」の謎に迫る?

 終演後、タランティーノ監督に直接質問をする機会があった。

 監督は、終わった後もステージ上に残って、参加者の質問に答えたり、一緒に写真に収まったり、サインをしたり、と大人気であった。

 筆者も、1つ気になっていた事があたったので、質問してみた。

 筆者:「日本の曲が沢山登場しましたね。特に梶芽衣子の『怨み節』がエンディングテーマだったのには、とっても驚きました」

 監督:「ああ、私はメイコ・カジの大ファンでね。彼女は『Sasori』(女囚さそり)という作品で有名なので、是非、メイコの歌を使いたいと思っていた。

     それに、『怨み節』の歌詞の内容と、メイコの演じた『さそり』の役柄が、ユマの演じたザ・ブライドの生き方とすごく似ていたので、丁度良いと考えたんだ」

 著者:「そうだったんですか。…でも、なんで、アメリカ人の監督が、70年代の東映の『女囚さそり』なんかをご存知なんでしょうか?」

 監督:「そりゃ、知ってるさ。は~はははははははは♪」


 タランティーノ監督は、全くエラぶる所のない、非常に気さくな性格の方で、そのラフな格好も手伝って、非常に親しみの沸く人柄だと思った。

 筆者が質問する直前、編集のSally Menke女史が、会場におられたお母様を「これ、ウチの母です」と監督に紹介していた。

 監督が背をかがめて「あ~、お母様ですか~。お綺麗ですね~♪」とニコニコ話しかけているのを見て、この人は本当に良い人なんだな、と思うと同時に、ホンマにこの人があのバイオレンスな映画を作ったんかい?というギャップが妙に可笑しかった。


★日本とアメリカでのウケる場所の違い

最後に、蛇足ではあるが、日本とアメリカの映画館では、観客の文化的背景のの違いから、ウケる箇所も違う。それをチョコッとだけ、ご紹介しておこう。

ちなみにアメリカ人にウケていたシーンは、

○ザ・ブライドが、バックス医師のサングラスを掛けるシーン。

○寿司屋でのギャグ。千葉真一の演技&セリフが、かなりウケていた。

○ゴーゴー夕張(栗山千秋)がザ・ブライドと対決する直前、「フフフフ、お願いしてるつもり?」と声高に笑うが、ここでなぜか場内ではグフグフ♪と喜んでいる観客が多かった。

○田中の親分が不満をあらわにした際、興奮した別の親分がサッ扇子をと取り出し、パタパタと扇ぎ始めると、場内から「あははは」と笑いが漏れていた。

○オーレン・イシイが「That's fucking time!!」と叫ぶと、
 場内から拍手が起こった。

○ザ・ブライドが最初にヤクザを滅多切りにした時、場内からヤンヤヤンヤと拍手が起こった。

○サンフランシコを訪問時、ユニオン・スクエア近くのアイマックス・シアターで、35mm上映された「キルビル」(ほぼ満席)を観た。その際、観客の半数位が映画が終わっても帰らず、エンディング・テーマの梶芽衣子が唄う「怨み節」を最後まで聞き入っていたのが、非常に印象的であった。

…等だが、日本では如何であろうか?


ちなみに、この「キル・ビル」は、日本版とアメリカ版は編集がやや異なるそうだ。また、前述の白黒シーンも、日本版ではカラーだと聞いている。

筆者はアメリカ版しか鑑賞していないので、日本版も是非鑑賞し、両社を比較してみたいとは思っているが、果たしてチャンスはあるかな?日本版のビデオの発売が待ち遠しい今日この頃である。

ミラマックスの英語ページ
http://www.kill-bill.com/

日本語ページ
http://www.killbill.jp/
 
 


 


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