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下記は2006年当時に取材した、映画『キングコング』アニメーション・スーパーバイザーを務めた佐藤篤司氏へのインタビューである。
このインタビューは月刊CGワールド誌の2006年5月号(Vol.93)に掲載されたが、筆者の膨大なオリジナル原稿を、ベテラン編集者の方の手腕により、要点のみをコンパクトにまとめる形で、どうにか&こうにか2ページに収めて頂いたという経緯があった。同時に、多くのエピソードを残念ながら泣く泣くカットしなければならないという制約もあった。
そこで、今回は新春特別企画(?)として、2006年当時の佐藤氏へのインタビューの模様を、ほぼ原文のまま、全文をご紹介する事にしよう。
ちなみに、全文の掲載は、世界初公開である。
また佐藤氏のインタビューは、「海外で働く映像クリエイター」(ボーンデジタル刊)でも読む事が出来る。ご興味のある方は、是非チェックしてみると良いだろう。
佐藤篤司氏 映画『キング・コング』 アニメーション・スーパーバイザ [2006年当時]
64年生まれ。東京都出身。91年に渡米、ロサンゼルスのMagic Box Productionsを経て、96年にWalt Disney Feature Animationへ移籍。映画「Dinosaur」でスーパーバイジング・アニメータ、「102 Dalmatian」「Reign of Fire」でリード・アニメータを務める。
ディズニーとの契約満了を期に、シニア・アニメーターとしてニュージーランドのWETA DIGITAL LTDへ移籍し「ロード・オブ・ザ・リング」の2作目と3作目に参加。「I Robot」でアニメーション・スーパーバイザに昇格、続いて「キングコング」では1200ショットに及ぶアニメーションのスーパーバイズを務めた。
2006年春より3年ぶりにLAに戻り、Sony Pictures Imageworksに参加。
最近の参加作には「ベオウルフ」「曇りときどきミートボール」、そしてティム・バートン監督の新作「アリス・イン・ワンダーランド」等がある。
※映画「アリス・イン・ワンダーランド」における佐藤氏の独占インタビューは、CGワールド誌4月末号に掲載される予定なので、ご期待あれ。
~佐藤さんへの取材は、3年ぶりになります。
前に(筆者の)取材を受けたのは、3年前、シニア・アニメーターとして参加した「ロード・オブ・ザ・リング」の2作目が完成し、引き続き3作目の製作に入る直前だったと思います。[記事はCGワールド2003年3月号 (Vol.55)に掲載されている]
WETAは基本的にプロジェクト毎の契約で映画「ロード・オブ・ザ・リング」の2作目では4ケ月契約、3作目では1年契約での参加ででした。
当初のプランでは、3作目が完成したらLAに帰る心づもりでいました。
家族が一足先にアメリカに戻った矢先、WETAサイドより映画「I Robot」のアニメーション・スーパーバイザとして「どうしても残って欲しい」と引き止められ、契約を半年延長して単身でニュージーランドに残る事にしました。
そして「I Robot」が終わる直前に、今度は「コング」のスーパーバイザーというオファーをもらった訳です。これは結構悩みました。家族はもうロサンゼルスに戻っていましたし。
「コング」は1年とちょっとの契約になるので、引き受けるとなると、また家族を呼び戻さないといけないのですが、初めてアニメーション・スーパーバイザーを担当するという事で、自分にとっても大きなチャレンジになると思い、決意しました。
~WETAはニュージーランドにありますが、どんな所でしたか?
WETAがあるのはニュージーランドのウエリントンと言う小さな町で、いろんなものがこの町に集約されています。
小さい町だから、道を歩いてると必ず3人位は知り合いの社員に会いますし。
LAだと多くの店が夜10時には閉まってしまいますが、ウエリントンの店は遅くまで開いていて、ナイトライフは楽しかったですね。ニュージーランドの人は飲むのが好きだから、けっこう朝方まで街に人が溢れていました。
東京みたいに、飲み屋をハシゴが出来るのは良かったです。3軒位飲み歩いて、朝方まで飲んで、そしてタクシーで帰っても大した距離にならない、そんな町でした。
僕のオフィスは窓からオーシャン・ビューで、たまにイルカの群れが来るのが見えました。
~アニメーターと、アニメーション・スーパーバイザーの違いについて教えてください。
基本的に責任の比重が大きく違います。アニメーターは自分のショットだけに責任がありますが、スーパーバイザーは全てにおいて責任を持たないといけない。
監督やVFXスーパーバイザーと会話をするのも、アニメーション・スーパーバイザーの仕事です。
ピーター・ジャクソン監督(以降PJ)とも頻繁に話をして、特にプロジェクト後半は週に2回は会っていました。アニメーションのミーティングで会う事もあれば、小さなミーティングという形で会う事もありました。
最後のギリギリの方まで、シークエンスをどうカットしていくか決まっていない部分もありまして、最後の最後までPJ監督とディスカッションを重ねました。
アニメーション・スーパーバイザーとしてシークエンスを把握する為には、プレビズの存在がかなり役に立ちました。
「コング」のプレビズは、僕が「I Robot」を担当している間に始まっており、プレビスのスーパーバイズを務めたクリスチャン(Christian Rivers)が、その後アニメーション・ディレクターになりました。
プレビスを何度も見る事によって、シークエンス全体を把握する事が出来ました。
~アニメーションのスーパーバイズは、何人位で行っていたのでしょうか。
僕の上にアニメーション・ディレクターというポジションの人が2人いまして、僕はその下でやっていました。
アニメーション・ディレクターは、主にストーリー的なところとか、演出的なところをカバーします。
僕はアニメーション・スーパーバイザーとして、「アニメーションそのもの」のクオリティと言いますか、何ピクセルとか、フレーム単位のコメントとか、そういう「重箱の隅をつつくような」コメントを出していくのが役割でした。
クリスチャンはアニメーション系ではなく演出系の人だったので、僕がその辺のサポートをしてやっていったという感じでした。
アニメーション・スーパーバイザーは僕1人。キャラクターアニメーターは初期の頃で15人位、最後の方は50人位になりました。
全体の「キング・コング」チームは、ピークで500-600人位でした。
~スーパーバイザーは大変な仕事だと思いますが、スーパーバイザーならではの苦労話などを。
一番大変なのは、沢山のアニメーターを抱えて一緒に仕事をしていく事ですね。
各アニメーターのスキルも千差万別なので、やっぱり彼らの能力を要所要所で100%引き出して仕事をさせなければいけない。
ある時はおだてて、ある時は厳しくしながら、やっぱり50人のアニメータを束ねていくのは大変な事ですよ。
~アニメーションのチェックは、どのように行われましたか?
日々のチェックは、アニメーション・ディリーという形で、朝9:30位からプロジェクターのあるスクリーニング・ルーム(試写室)でアニメータを1人づつ呼んで、映像を見ながら指示を出していく形で行いました。
基本的には午前中にディリーをやって、その後はウォーク・スルー(現場を1人つづ回ってチェックする事)でチェックを行います。
最後の2ケ月位になると、もう1日中ディリーを繰り返していたという感じでしたね。
~作業の流れについて教えてください。
アニメーターが実際に作業にかかる前に、簡単なブリーフィングを僕達の方から行います。
これは、簡単な前後のシーンの説明と、「なぜ、コングがこういう演技をしているのか」というバックグラウンド的な要素もある程度きちんと説明して、それから作業に入っていきます。
また「いつ頃までに上げられるか」「この時期までに上げて欲しい」という指定もします。
このショットは何日かかる、という予測を僕やクリスチャンが立てて、これを"Bidding"と呼ぶのですが、それをベースにアニメーション・コーディネーターがスケジュールを立てていきます。
アニメーション・コーディネーターはスケジュールや進行面を管理するのが役割で、2人のコーディネーターがアニメーション・チームを担当していました。
アニメーターが作業をスタートする時点で、背景の実写プレートと、プレートにトラッキングされたカメラ情報が全部完成していて、それをアニメーターがツールを使ってMaya上に読み込んで、作業に入ります。
アニメーションをつける段階では、簡略化された軽いデータで作業するので、アニメーションが上がると、データはクリーチャー・チームに渡され、ここでベイク(スキンを被せる作業)を行います。
シンプルなベイクが行われた段階で、ライティング・チームが作業を始めます。並行してクリーチャー・チームでは筋肉シュミレーションやファー(毛)等を詰めていきます。
WETAの制作スタイルの強力な所は、とにかくパイプラインが完成されている事でした。「全過程が早く進む事」に重きを置いているというか。
要するに、ファーやスキンを被せたり、という流れ作業が極力スムースに進むように、パイプラインを かなり高度に固めてしまいます。
だから、いつも最後の方で完成ショットがどんどん貯まっていきます。そういう部分でWETAは、ハリウッドの他のVFXスタジオと比較しても仕事のペースが速いと思います。
特にコングはショット数が異常に多かったですし。アニメーションは最終的に1200ショット位になりました。ハッキリ言って異常な数でした。
~作業全体を振り返ってみて、いかがでしたか。
1言で言えば、難しかったです。
デベロップにも時間が掛かって、なかなか最終的なコングのデザインが決まらず、それがリギングの作業が遅れる原因にもなりました。
コンセプトは最初からありましたが「どこまでゴリラなのか、どこまでモンスターなのか、年齢はどの位なのか」などの設定が、固まるまで時間が掛かりました。
コングを「デザイン」して行くのも共同作業ですから、ドローイングする人もれば、モデリングするもいます。もちろん動きも「デザイン」の1つで、アニメーション・リグを作ってテストで動かしてみたりするのですが、僕自身もなかなかコングのプロポーションとかが好きになれなくて。
最終的にコングは、元々のオリジナル・コンセプト以上に「ゴリラ」に近くなったと思います。
PJ監督のパートナーであり、共同脚本家のフラン(Fran Walsh)が、資料のビデオに出ていたゴリラを気に入った事もあり、彼女の一声で、そのゴリラに忠実に作る事になりました。
「ウミ・グミ」という種類の野生のゴリラで、プロポーション的にはそれをベースにする事になりました。
~コングの演技のデベロップについてお聞かせください。
ニュージーランドにはゴリラが一頭もいなかったという事情もあり、僕が個人的にやったのは、一時的にLAに戻った時を利用してサンディエゴ動物園へ行き、1日中ゴリラを観察して来たり、ビデオを撮ったりしました。
また、本を読んで生態を調べたりもしました。
この作品のおかげで、ゴリラに関しては詳しくなりました。ゴリラは面白いですよ。一頭一頭個性があるし、1日中見ていても飽きません。
コングの動きのディレクションや、役づくりの確立は、アニメーターに動きの指示をどう与えていくかが難しいところなのですが、紙にドローイングで描いて「こんな感じ」と指示したり、最終的には自分で演じて見せた事もありました。
自分で研究する時も、自分で実際に動いてみて、というのを頻繁にやっていました。
だから、アニメーション・ディリーの試写室は、結構「実演」でドタバタと動き回る事が多かったです。アニメーション・ディレクターの1人は、あまり熱が入りすぎて壁に穴をあけてしまった事もありました(笑)
いつも、ゴリラに成り切って仕事しているので、しばらくやってると、なんとなく手の使い方がゴリラっぽくなってきます。
クリスチャンなんかは、「ある日、自分の手の置き方が、ゴリラみたいになっている事に気がついた」なんて言ってましたね。
画像:VES2006にてOutstanding Animated Character in a Live Action Motion Picture部門で受賞を果たした、「キング・コング」のクルー。アニメーション・スーパーバイザを務めた佐藤篤司氏、アニメーション・ディレクターのChristian Rivers(左), Guy Williams (右)
テストの段階では色々試みました。最初は100%キーフレームだけで、手付けでwalk cycleなり、簡単な動きをつけたりといういうテストもやりましたし。
あとはロトスコープ。前述のゴリラのビデオを、文字通り1フレーム1フレーム、ロトしたりとか、そういうテストを繰り返していきました。
俳優のアンディ・サーキスがコングのモーション・キャプチャ(以降MC)を演じる、というのは最初からあったプランでした。
彼が「指輪シリーズ」でゴラムを演じたという事もありますが、PJ監督は非常に彼の事気に入ってるし、優れた役者ですし。
撮影の時も、CGの為というより、他の役者がコングとうまくコミュニケート出来るように、ジャック・ブラックとか他の俳優がコングを相手に演技する時も、アンディーが現場にいて、役者の横で吼えて演技していました。
「コンガナイザー」っていう音声エフェクターを通してね。
アンディは、コングを模した変なカブリもの頭にしてて、僕が撮影を観に行った時に、それを見て思わず笑ってしまいました(笑)
特に、コングとナオミ・ワッツとが絡む演技の時は、ナオミ・ワッツの視点を高い視線に合わせないといけないですから、アンディ・サーキス自体はセットの高い所に乗ってて、ナオミが見上げて丁度良い位置にアンディが居る、という感じで撮影していました。
僕も、撮影現場に顔を出す事はよくありました。
PJ監督がまだ撮影をやってる頃に、アニメーションを見せられるタイミングが撮影中に休憩してる時ぐらいしかなくて、撮影現場にラップトップを持っていって、PJ監督にアニメーションの進行を見せて、指示を仰いでいたって感じでしたね。
そんな時に、ふと横に座ってる女性が女優ナオミ・ワッツだったりしました。最初はエキストラの女性が座ってるのかと思ったら、スタッフに「ナオミ」と呼ばれて「ハ~イ」とか立ち上がってて(笑)
~アニメーションはどのような順序で制作されていったのでしょう。
最初に取りかかったのはNYの空中戦のシーンでした。理由はほとんどフルCGのシーンだったからです。それと、T-Rexファイト。あれも、ミニチュアとCGの組み合わせでしたから。
アニメーション作業を始めたものの、このあたりから課題が山積みになってきました。
というのは、先ほども話に出ましたが、この時点ではまだコングのプロポーションが固まっていなかったのです。
だから、アニメーションをつけても、その後にプロポーションが変更になってアニメーションを部分的にやり直したり、という無駄な作業があったりしました。
それでアニメーション作業がすごく遅れて、それが「アニメーション部門の責任」という風に思われたりとか、理不尽な事も多々ありました。
最後の最後に仕上げたのは、ナオミ・ワッツがコングに怒るシーンです。あのシーンは演出的にすごく微妙なシーンで、PJ監督も最後まで悩んだショットでした。アニメーションも、本当に難しかったですね。
基本的にMCをそのまま使うという事は殆どなくて、その後キーフレームを微妙に調整していくのですが、やっぱり人間の動きとゴリラの動きは違う。あのシーンはアンディのMCを最も採用したシーンでした。
ただ、演出的な部分では、アンディの演技がすごく参考になったっていうのは間違いないでしょう。
シーンによっては、アンディのMCそのものは使わないで、演技のビデオだけをリファレンスにしてキーフレームでつけた箇所もあります。
アンディの顔と、ゴリラの顔は当然違う訳ですけど、その調整はMCチームの仕事で、「アンディの顔の動きが、ゴリラだったらこう動く」というような変換をやっていましたが、その辺はMCチームは苦労したんじゃないかな。
コングの顔面アニメーションでコントロール出来るアトリビュートは、300-400位ありました。細かいのも入れると、凄い数になりますね。
~作業は、大変だったようですね。
本当に、全部が大変でした。この映画で、簡単な事は何1つ無かったです。今まで何本か映画をやりましたが、「コング」がダントツで一番大変でした。
とにかく、9月の時点で、残り2ケ月半とかそういう時点で、ショットがまだ500以上残っていたのです。半分位に相当する数です。
「これはもう本当に間に合わない」と思いました。
そこで、裏技を使う事になりました。ある意味、非情な裏技なのですが、仕事が速いアニメーターだけを使って、ある程度アニメーションをブロッキング出来る段階までガ~~ッと進めて、それから他のアニメーターに渡して詰めていくという方法を採りました。
アニメーター側からすると、すごく嫌なやり方なんです。自分がアニメーターだったら絶対嫌ですし。でも、あの状況では、そうしなければ終わらなかった。
実際、この方法は作業スピードという部分では、すごく効果が上がったと僕は思っています。
普通の映画もそうですが、シークエンス、ショットの前後関係はすごく大事です。
特にシーン、シーンを細かく分けていくと、個々のアニメーターの癖ってのもすごく出てしまいますし、ディレクションを与える側としても、同じ事を何人にも説明していかなきゃいけないし。
そういう手間が省けたし、アニメーションの統一感はあったし、前後のシーンの関係も比較的にスムーズに行ったし。結果的には、いろんな部分で上手くいったと思います。
~「コング」のアニメーションで、何か新しい技術的な試みはありましたか?
アニメーションに関して言えば、特に今回新しく使われた最新技術というのは使っていませんね。
アニメーションそのものは、それほど技術と共に進歩するものでもないし、例えば手書きのアニメーションだって、アメリカのディズニースタイルのアニメの場合だと、ディズニーがピノキオをやってる時に完成されてるものです。
デジタル技術が進歩したからと言って、アニメーターのそれが進歩するっていう訳でもないですから。
今のCGのキャラクター・アニメーションっていうのは、殆どそういう状態まで成熟している。ツールっていうのはホントに鉛筆みたいなもんで、後はアニメーターの力量に掛かっているという言う感じです。
~アニメーターのリクルートにも携われたそうですが、どんな点に配慮されましたか?
ある程度の部分はデモリールを見れば把握出来ますが、それだけではわからない部分もけっこうあります。
例えばデモリールに入っているシーンの、どのキャラクターをやってるかとか、そういう細かい情報をきちんと見て採用しないと、「落とし穴」もあったりします。
極端な言い方をすると、下手なアニメーターでも、良いアニメーション・ディレクターの下で時間を掛けて作れば、そこそこの出来には確実になりますから。
最終的なデモリールの中で良いアニメーションが出来ていても、実際の力量っていうのは図り知れない部分があるので、その辺は気をつけながら見ましたけど。
あと「リファレンス」は必ず取っていました。元同僚とか、以前一緒に働いた事がある、という人が社内にいたら、どんな人材なのか話を聞いて、きちんとウラを取るとか。
若いアニメーターに関しては、腕はそんなに超一流ではなくとも、「伸びるんじゃないかな」と感じたら、積極的に採るようにしていました。
それが功を奏して、若いアニメーターは1年の間にかなり伸びたんじゃないかなと思います。作業の後半には、けっこう頼りに出来るのが何人もいましたし。
~ショットの中で大変だったのは?
そうですね、いろいろありますが、やっぱり最初のT-Rexファイトでしょう。
特に最初の方は暗中模索的にやってたから、NYの空中戦よりもT-Rexファイトの方が大変でしたね。
普通、ソニー・イメージワークスやディズニー等に入ると、まず環境に慣らす為にトレーニング期間があります。ソニーで2週間、ディズニーで数ケ月あるのですが、WETAの場合はいきなり現場で実際のプロダクションをやらせながら覚えさせるような感じだから、最初のうちはアニメーター達も慣れていませんからね。なかなかうまく行きませんでした。
T-Rexが、ツタに引っかかるシーンは、比較的プレビスが良く出来てたので、スムースにいきました。
プレビスを担当したのはデイビット・クレイトンという一番優秀な若いアニメーターで、アニメーションも彼がメインになって進めたので、うまく進みました。
(後日談:若手有望株だったデイビッド・クレイトン氏は、映画「アバター」でアニメーション・スーパーバイザーになったという。)
あと、ブロント・ザウルスの暴走シークエンスも、すごく大変でした。
アニメーション側からリグ・チームに出したリクエスト、足のコントロールに関するリクエストがなかなか反映されなくて、思うように動きをつける事が困難でした。
これはアニメーションの問題ではなくて、デザイン自体に原因があったのです。なぜか我々アニメーションにケチがつくのですが、我々は「デザインまで戻さないと、それはちょっと直せない」と。
レビューでは「足がワンちゃんみたいだ」等と言われるのですが、これはデザインそのものを直してくれないとアニメーション・レベルではどうしようもない。
フェイシャルも「ディズニーみたいだ」と言われ、最終的にはデザインまで戻って、かなり具体的な顔の指示を出したりして。結局ブロント・ザウルスはリグまで戻って、アニメーションも部分的にやり直す事になりました。
こうして、結果的にブロントのショットはすごく時間が掛かり、最初に始めたシークエンスにもかかわらず、終わったのは最後の方でした。
~アイス・スケートのシーンが、女性観客に好評でしたね。
アイス・スケートのシーンは、あの時のコングのエモーションが、男性アニメーターよりも女性につけてもらった方が良いのではと仮定して、女性アニメーターを起用しようとしたのですが、現場からは「本当にそんな事考えてるの?」と結構文句を言われました(笑)
最終的には男性アニメーターも沢山参加ましたけどね。
あのシークエンスは、コングがお腹で氷の上をすべったりするので、演出的に少しやりすぎじゃないかと思ったりもしましたが、フタを明けてみれば、観客のウケが良かったらしく、そんなに悪くはなかったですね。
~NYの戦闘シーンはいかがでしたか?
「T-Rexファイトやブロント暴走に比べて、最後のNYの戦闘シーン」が弱いという意見もあったみたいですが、あのシーンはコングが弱っていく部分で、コングが一種の文明の被害者のような立場という演出がありました。
エンパイヤ・ステートの塔のテッペンという限られたスペースでの動きなので、ウェイトに関してはかなり気を配りました。特に飛行機に向かって腕を大振りすた時とかね。
あまり大袈裟にやりすぎてしまうと「これどう考えても落っこちるな」というのがありますし。
かと言ってあまり小さいアクションにはしたくない。「アクションとしてカッコ良くしたい」というのはありました。
現場のアニメーターには結構注文をつけましたけどね。「これだとウェイトがちょっと前過ぎて、この後落っこちちゃうよ」とか。
エンパイヤ・ステートのテッペンでコングがボーンとジャンプして、1段下で握ってブラ下ったり、そういう動きを現実的なリアリティにもっていくのは難しかったですね。
コングと飛行機との絡みに関しては、そんなに難しくなかったです。それよりもカメラと飛行機の動きとか、その辺で時間が掛かりました。
あまり派手な動きをつけ過ぎると、なんだかゲームっぽくなってしまうのです。僕は、ゲームっぽい動きがあまり好きではないのです。そういうのをなるべく直していきました。もちろん、アニメーションの中には、本物の撮影では到底出来ないような非現実的な動きも結構入れていますが。
フルCGのショットはカメラも全部デジタルだから、まなじ何でも出来てしなう訳ですが、でも、それがやっぱり危険なところで、ホントに気をつけないと、どこか安っぽい映像になってしまいます。
また、プレビスの段階から入っている無理な動きを、多少リアルな動きに直したりとか、そういう作業がありました。
~日本の怪獣映画とかだと、怪獣の動きはゆっくりですが、コングの動きは敏速でしたね。
自分としては、コングの動きは、すごくリアリティをもって描きたかったのですが、スピードに関しては、殆どのアニメーターは速い動きをつけたがる傾向にありました。
また、ベースになるおおざっぱな動きは、プレビスの段階で大体出来上がっており、それが既に監督からアプルーブされていた事もあり、その基本線にあまり逆らえない部分もありました。
アニメーション・ディレクターのクリスチャンも、素早い動きが好きだったという事もあります。速い動きは、映像的に迫力は出せる長所がある反面、実体感とかソリッド感が失われてしまいます。
僕がアニメーターに指示を指す際のコメントは、だいたい「slow down」を常に言い続けていました。
そうでないとアニメーター達はとにかく速い動きをつけてしまうので。それでも結果はご覧の通りだった訳ですが…
個人的意見として、実際にあのサイズの生き物がいるとしたら、ものすごいスローじゃないと多分動けないと思うのです。
人によっては、ゴリラが走っている映像をみて、「ゴリラはこの位のスピードで走れるんだから、コングも動けるだろう」と言う意見なのですが、僕はそうではないと考えています。
僕としては、 まぁゴジラほど遅くなくても良いですが、昔のモンスターみたいな、もうちょっとゆっくりしたスピードで描きたかったのですが。
~モーション・キャプチャーでコングを演じた俳優アンディ・サーキス氏とは親交があるそうですね。
アンディは「ロード・オブ・ザ・リング」でゴラムのMCを演じて、僕がシニア・アニメーターで参加した時からの付き合いでした。彼はイギリスの舞台俳優でもありました。
現場では頻繁にコミニュケーションを取る事あったし、アンディが「コング」でウエリントンに戻ってきた時も「よ~~~」と抱き合って肩を叩き合ったりしましたね。
アンディは、アフリカ・ツアーに参加して実際に野生のゴリラを観に行き、後で戻って来たアンディから、彼自身が撮ってきたビデオを見せてもらったりもしました。
~CGのキャラクター・アニメーターに求められるものは、何でしょう?
やっぱり「描写力」という要素が大切だと思います。
CGのアニメーターの場合、直接絵を描く訳ではありませんが、やっぱり基本的にはアニメーションは静止画の集まりで、その1つ1つのポーズが良くなければアニメーションも良いものにはならないというのがあります。
そういう部分では基本が出来てるアニメーターの方が、1つの絵を描いてもデザインとか、バランス感とか、動きとかキチンと描けてる、そういう基礎の部分が結構必要だと思います。
後は、カトゥーン(cartoon)系のアニメーターと、「コング」のようなライブアクションの映画に出てくるリアリティのあるキャラクターをやっていくアニメーターとでは、やっぱり違った表現能力が求められます。
両方出来る人も勿論いるでしょうし、アニメーターによっては「自分はカトゥーン系」「自分はクリーチャーが好きで、それだけをやっていきたい」って人もいますし。
ただ両方やる人は、うまく使い別けないと、とんでもない事になるんですよ。
けっこうそのパターンで困る事がありまして、リアリティのある重いキャラクターに対してカトゥーン系な動きや表情をつけられると、困ってしまう事があります。
中にはそれをゴリ押しするタイプのアニメーターもいて、そういう人はちょっと願い下げだな、と思う事もありますが。
アメリカのアニメーション・スクールでは、ディズニーが何十年も前に確立した「これがアニメーション」というメソッドをずっと踏襲してるから、殆どの学校がそれをベースにアニメーションを教える傾向にあります。
例えば"squash&stretch"みたいな「お約束」をライブ・アクションでも使うのが当然と思っている人もいますから、そこはキチンと頭を切り替えて欲しいと思うところですね。
~将来、海外でコンピューター・アニメーションの仕事をしたいと思う人への、アドバイスをお願いします。
アニメーションを勉強するなら、自分で簡単なソフトを買って、簡単なリグを組んでアニメーションを作ってみて勉強するという方法もあります。出来れば、周りにいる上手に見てもらって、手を加えたりしながら。
自分の方向性も当然加味して、カトゥーン系の方をやりたいのであれば、カトゥーン風な演出を入れた方が良いし、リアリティ系なら当然変ってきますし。
学生の間に海外に留学してしまうというのは、1つの手ですよね。こちらの大学なりカレッジなりで、専門教育を受けるのは、ある意味で近道になるかもしれません。
日本でプロとしてやっている人だったら、スタイルの違いを理解した方が良いでしょう。
特に日本と違うのは、日本は1人で広い範囲を担当するけど、こちらでは分業制で狭く深くだから、広くやりつつも、これをやらせたら自分は誰にも負けない、という位の自身を持ってないと、後で困る事になります。
やはりアメリカは「実力の世界」ですから、自分にこれだけの実力がある、っていうのを相手に示せるだけのスキルががないと、難しいでしょうね。
~今後の目標はありますか?
ハリウッドに来た当初、「主役キャラクターをやりたい」というのが1つの目標だったという事は、随分前のインタビューでも話した事でもありますが、とりあえずその目標は達成出来ました。
次は、誰もが思い描いている事だと思いますが、いつか自分の企画を売り込んでみたいと考えています。もちろんそれはなかなか難しい事ですが、チャンスがあったら実現してみたいですね。
~今日は、どうもありがとうございました。(2006年4月、ロサンゼルスにてインタビュー)
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