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映像ジャーナリスト 鍋 潤太郎の随筆による、ハリウッドVFX情報をいち早くお届けします。

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ここハリウッドには、映画関連のギルドがいくつもあり、業界従事者向けの技術検討試写会や、セミナーなどが頻繁に実施されている。

先日、アニメーション・ギルド主催による「UP(邦題:「カールじいさんの空飛ぶ家」)」の特別試写会と、ピート・ドクター監督を会場に招いてのQ&Aがハリウッドにて開催された。

この作品は、皆さんもよくご存知のとおり、今年5月に世界中で公開され、大ヒットしたピクサーの最新作である。78才になる老人「カールじいさん」が、亡くなった奥様エリーの夢を叶えるべく、"自分の家ごと"大冒険に出るという物語だ。

この日の試写会では、試写の後、ピート・ドクター監督自身による質疑応答が行われた。

会の進行は、司会者が質問を投げかけ、監督がそれについて答えるというスタイルで行われたが、会場にいる参加者達も自由に質問する事が出来るという、極めてオープンなものであった。

このQ&Aは大変興味深いものがあり、ここで、その要約を「さっくり」とご紹介する事にしよう。


Q: 一連のアイデアは、どのようにして生まれて来たのでしょうか。

「アクション・アドベンチャーにしたい」というアイデアは、最初からありました。でも、いろいろストーリーを練っていても、最初からベストのストーリーは出てきません。どことなく嘘っぽい話になってしまったりします。そこで、より説得力ある内容にする為に、アイデアをいくつも挙げて、足したり、削ったりしながらストーリーを組み上げていきました。

「夫婦の絆をベースにする」というアイデアも、実は初期から暖めていたものでした。

新作映画のストーリーをプレゼンする「ピッチ」はLAで行われましたが、このストーリーをプレゼンした時、ジョン・ラセターは大変感動して涙を流してくれました。

こうして、この映画がスタートしたのです。


Q:この作品の冒険の舞台は南アメリカという設定ですが、これはどのようにして決まったのでしょうか。

初期には、小説家コナン・ドイルの「ロスト・ワールド」みたいな、南太平洋を舞台にしようかというアイデアも出ていました。その後、検討を重ねていくうちに、南アメリカに落ち着いたのです。


Q:現地へ、ロケハン旅行を行かれたと聞きましたが。

南アメリカを実際に旅して、荒野がどのような風景に見えるのか、ロケハンを行いました。

とにかく、天候が頻繁に変わるんですね。大雨が降ったかと思えば、急に晴れ間が見えたりします。そういう部分も、映画の中に反映させているんです。

また、荒野には、見た事もないヘンテコな形の岩などが点在しており、大変参考になりました。


Q:冒頭に出てくる、未来の奥さんとなる小さな女のコの描写ですが、モデルはいるのですか?

小さいコの雰囲気を知る為に、まず私の実の娘であるエリー・ドクターに演技をさせて、最初はそれを参考にしていました。最終的に、娘の声と、女のコのイメージがうまく合ったので、娘がボイスオーバー(声優)を担当する事になったのです。


Q:監督自身はまだお若いのに、映画の中のカール爺さん仕草や、老人独特の仕草で笑わせる「老人ギャグ」がすごくリアルでした。あの演出はどうやって行ったのでしょうか?

自分達の実生活の中で、近くにいるご年配の方を参考にしたのです。また、2人の椅子が並んでいるというアイデアもそうで、スタッフ1人のお爺さんとお婆さんが、実際にあんな風に椅子を2つ並べていたという話を聞いて、参考にしました。


Q:オープニングに、ニュース・フィルムのシークエンスがありますが、あのアイデアはどこから来たのでしょうか。

オープニング・シークエンスというのは、後から変更される場合も少なくないのですが、この作品では最初から決まっていて、 そのアイデアが最後まで継続されました。

ここでは、まず「あの時代の小さい子供が何に興味を持つか」を考えて、あのようなニュース・フッテージを観るという設定にしてみました。

また、冒険家チャールズ・マンツのキャラクターを登場させ、ここで観客に印象づける役割も果たしているのです。


Q:今回もサントラが素晴らしいですが、サントラのコンセプトについて聞かせてください。

映画音楽はマイケル・ジアッチーノが作曲しました。「レミーの美味しいレストラン」でアカデミー賞にノミネートされた人物です。

今回スコアの雰囲気は、どことなくオールド・スタイルな感じにしたったので、敢えて大編成のオーケストラにせず、40人前後の小編成にして、味わいのある雰囲気を醸し出すよう心掛けました。

 

Q:いつも思うのですが、ピクサーの作品は「完成度の高いドローイング」のように見える事があります。

ピクサーには、素晴らしいアート部門があり、彼らの力量によるところが大きいでしょう。プロダクション・デザイナーは色を「ストーリー・テリング」に使う事を意識して、色彩設計をしています。特に、サチュレーションの使い分けは、感情を表現するのに大変効果的なのです。


Q:映画の冒頭で、いきなり「死」という重いテーマを扱っていますが、これはピクサー作品では初めての試みですね。

これは、あの家が「カール爺さんに取って如何に大切なものであるか」を印象づける為の導入部分でした。

彼の人生や、奥さん、そして家に対しての思い入れを伝える為です。お気づきのように、あのシークエンスには、セリフが1つもありません。

セリフが無くても、エモーションをきちんと伝えたかった。ある意味、サイレント・フィルムと同じでしょう。最初の10分間は、サイレント・ムービーによってストーリー・テリングを試みたのです。


Q:それに、ピクサー史上初めての「流血シーン」も登場しますね(笑)

確かにその通りです。あのシーンは、ストーリーのコントラストを出す為にああいう演出が採られました。
  
頭を殴ると、観客はみんな笑います。でも、その後に血が出ている事が分かると、ハッとして驚くのです。

その心境の変化をねらってみました。


Q:演出していく中で、観客の反応はどうやって予測していきますか?


ピクサーでは、制作中に頻繁にテスト試写を行います。この時に場内から感じられる「雰囲気」を、私は大切にしているのです。

経験上感じるのは、面白ければ場内は集中して静かになるし、つまらなければザワザワしてくる。
場内が静かになれば、そのシーンは成功という事になります。

ギャグやユーモアのセンスは、演出が難しい側面もあります。例えば、同じアメリカでも、あるセリフが東海岸ではウケるが、西海岸ではそうでもない、と言った地域ごとの微妙な違いがあるのですよ。


参会者からの質問: この作品の中で、技術的なチャレンジだった事は。

チャレンジは沢山ありました。それは、意外に「何気ないところ」多くにありました。例えば、服のシワの表現とか。
  
また、家を引っ張りあげる風船は、なんと20,000個もありました。その風船の動き方や、見え方にも気を配りました。


場内にいた子供からの質問: じゅんびには、どのくらい、じかんがかかりましたか?

ピクサーは、どの作品もプリプロにはかなりの時間を掛けています。「トイ・ストーリー」の1作目では4年弱、「Cars」では6年掛けました。
  
今回の「UP」には5年掛けています。実制作のプロダクション期間は18ケ月くらいだと思います。


参加者からの質問: 映画のストーリーや雰囲気を、どうやって沢山のアーティストやクルーに伝えているのですか?

実際のところ、「通してスクリーンで見ないと、本当の雰囲気は伝わってこない」というのが私の個人的な考えです。
 
そこで、プリビズを事前に作って、全編を通して見れるようにしました。プリビズは、専門のチームが制作しました。


Q:この作品は立体でも公開されましたが、立体の演出において、特に注意した点はありますか。

私は、観客が「まるで窓から外を見つめているような」気持ちになれるような立体感をねらいました。いたずらに、モノが画面からバンバン飛び出してくるような演出にはしたくない、と考えたのです。
 
いわゆる「飛び出す映画」ではなく、あくまでも「ストーリー・テリングの道具として」立体化するように心掛けました。


Q:ピクサー作品には、いつも一部の人にしか分からないような「インサイド・ジョーク」が随所に盛り込まれていますね。

これは、美大キャル・アーツ (カリフォルニア・インスティテュート・オブ・アーツ) の出身者が多い事も影響しているかもしれませんね。キャル・アーツには、そういうカルチャーがあるのです。
 
実は、今回の「UP」でも、「トイ・ストーリー」のピッツァ・プラネットのトラックが2回登場したり、現在開発中の新しいプロジェクトの要素が出ていたりと、関係者にしかわからない「内輪ネタ」も多く仕込んであります。


Q:それでは、時間になりましたので、さようなら。


…このような感じの、質疑応答であった。

ピート・ドクター監督は大変気さくな方で、会場の参加者、そして子供達からの質問にも丁寧に答えておられたのが印象的だった。

おわり。


 

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上記のコラムは、日本のメディア向けに書かれたものではなく、
当WEB用に随筆された非営利のオリジナル・コラムです。

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