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映像ジャーナリスト 鍋 潤太郎の随筆による、ハリウッドVFX情報をいち早くお届けします。

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[ハリウッドの街なかに登場した、巨大なビルボード]
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10月23日(金)より、「鉄腕アトム」の香港版フルCG映画「アストロボーイ」が全米公開の運びとなった。

この作品は、初めて香港でプロデュースされた大規模国際配給の劇場用長編CG映画で、制作は香港のイマジ・スタジオ(Imagi Studios)だ。

香港で制作され、ハリウッドのメジャー・スタジオによる配給ではなく独立系のサミット・エンターテインメントによって全米配給されている事もあり、果たしてこの映画を「ハリウッド映画」もしくは「米国版」と呼べるかどうかは正直「かなり微妙」なところだが、少なくとも実際に全米公開に漕ぎ付けたビジネス手腕は評価に値するだろう。

さて、香港発のCG映画という事で、地元である香港ではボックスオフィスNO.1のヒットになったという「アストロボーイ」だが、アメリカでは果たしてどうだったのだろうか。


[Astro Boyを上映するシネコン]

be7c32dc.jpg全米公開は3,014スクリーンという、かなり大きな配給規模だったが、公開最初の週末のボックスオフィスの売り上げは6百70万ドル(約6億円相当)と、ハリウッド映画としてはかなり厳しい数字だった。

1スクリーンあたりの売り上げも2千2百ドルと、公開3~4週目以降の映画と並ぶレベルの数字だった。

制作費は推定で4千万ドル(約36億円相当)とされており、制作費を回収出来るかどうかは、今後の客足の伸び次第だが、2週目以降のボックスオフィス売り上げが注目されるところだ。

もしも、この映画が最近の流行にあわせて立体3Dで公開されていたら、売り上げはもう少し期待出来たのではないかと思う。

時期的には、ヒット中の3D映画「くもりときどきミートボール」の公開から数週間が経過、3Dシアターがちょうど次の上映作品に移っても良い頃で、立体上映には良いタイミングだったのだが、その辺りは制作費など様々な制約があったのかもしれない。

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さて、肝心の映画だが、筆者は公開直後の平日夜、LA市内の映画館へ足を運んでみた。映画館は約半分位の入りで、映像業界関係者風の人も多かった。

ちなみに、筆者は「アトム」をリアルタイムで見た世代ではなく、"再放送世代"だ。

小学校時代夏休み、学校開放のプールで泳いで家に帰り、夕食前の5時頃にテレビをつけると、白黒アニメのアトムが再放送されていた。

それを断片的に見ていた為、アトムと御茶の水博士が出ていた事は鮮明に覚えているが、どんな敵と戦ったのか?どんなストーリーだったか?などの詳細は、残念ながらあまり記憶に残っていない。

そんな筆者が、香港版の「アストロボーイ」を、殆ど何も期待ぜず鑑賞してみた、素直な感想を「ネタばれ」が無い範囲で述べてみたい。

まず、設定について。メインの登場人物は、原作にある意味忠実だ。ただ、名前を英語圏向けに変更してあるのがミソ。

  トビオ → トビー
  天馬博士 → ドクター・テンマ
  お茶の水博士 → ドクター・エレファン(大きな鼻が、象に似ているからだろう)
  ハム・エッグ→ハム・エッグ(そのまま)

声の出演は全米公開を意識し非常に豪華で、ニコラス・ケイジ、サミュエル・L・ジャクソン、シャーリーズ・セロン、ネイサン・レイン、クリステン・ベルなどなど…ハリウッドのトップが顔を揃える。

筆者が1つ感心したのは、手塚アニメの常連キャラである「ハム・エッグ」のキャラクター・デザインを、その声を充てている人気俳優のネイサン・レインにうまく似せてアレンジした事である。

劇中のハム・エッグは、手塚治虫のオリジナル・テイストを残しつつ、ネイサン・レインの雰囲気も漂わせている。コレには「うまい!」と思わずニンマリしてしまった。ある意味、この作品の中で、一番良かった演出かもしれない。

また、オリジナル白黒アニメにあった、「お尻からマシンガン」のエピソードは、この映画でも継承されている。

スコアとサウンド・トラックはこの映画の為に作曲し直したオリジナル曲で、我々日本人にはお馴染みの、"そ~ら~をこえて~"のメロディーが1小節たりとも聴こえて来なかったのが、心なしか少々残念であった。

さて、米アニメーション雑誌「Animation Magazine」の10月号では、「Astroboy Flies Again」と題した3ページの特集記事を組んでこの「アストロボーイ」を紹介している。

[とあるシネコンで見かけた、宣伝用パネル]
16c8a84a.jpg米アニメーション業界も注目している事を伺わせるこの記事の中では、デイビッド・バウワー監督が手塚治虫の
原作漫画のデザインになるべく忠実に3Dで再現した事、そして監督が手塚 眞氏と連絡を取りながら、デザインや文化の違いのガイドラインについて協働作業を進め、その結果に対して手塚 眞氏が満足していたエピソードなどが短く紹介されている。

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フルCG映画としてのクオリティについてだが、「香港で制作された事」を前提に観ると、"思ったよりは"良く出来ていた。

もちろんピクサーやドリームワークス、ディズニー等の大手のクオリティーと比べるのは酷だが、逆の言い方をすれば「ハリウッドでよく公開されている低予算フルCG映画の水準よりはクオリティが高い」そんな印象を受けた。

また、日本でフルCG映画作品の制作に従事されているアーティストの方は、「香港のCGレベル」を知るという点では興味深い作品となるのではないだろうか。背景の草原がキチンと風で揺らいでいるなど「お、がんばってるな」と思える丁寧なシーンも多く、あなどれない部分がある。

モデリング、リギング、キャラクター・アニメーションは一定水準をクリアしており、なかなか良く出来ていた。

アニメーション・ディレクターはドリームワークスやアードマン作品のアニメーターとして活躍した経験を持つアメリカ人のジャコブ・ジェンセン氏。彼のディレクションの所為か、キャラクターの動き&演技は「ハリウッド風」で、ショットによって多少良し悪しはあるものの、全体的に稚拙な印象は受けなかった。

強いて言えば、FX(エフェクト)とCOMP(コンポジット)の詰めが甘いという印象を受けた。FXでは爆発の処理や煙の表現で経験不足が感じられ、COMPはショット毎のバラつきや、色味、デフォーカスなどで違和感を感じるショットが多かった。

プロダクション・デザインには突っ込みどころが多く、宮崎駿監督の「天空の城ラピュタ」で登場するロボットに似たロボット(これを、パクリと取るか、オマージュと取るか難しいところだが)が出てきたり、ブルー・スカイの「ロボッツ」に似たロボットが出てきたりと、デザイン面ではややオリジナリティに欠けるような印象も感じられた。

また、途中何度かアードマン・アニメーションズ作品のオマージュ的な演出も見受けられたが、これは監督のデイビッド・バウワー氏が「マウス タウン ロディとリタの大冒険(原題:Flushed Away)」の監督を手掛けたという、「アードマン出身」である事が少なからず影響しているのかもしれない。

ストーリーは、良くも悪くも「アメリカ人向け」にアレンジされており、60年代前半の「アトム」を見て育った日本の大人達には、ある程度の違和感を覚えるに違いないが、部分的に良い味を出した感動的なシーンもあり、アメリカの子供達には楽しめる作品だろう。

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この「アストロボーイ」のCG部分の制作は、香港が主だが、関係者の話によればLAにも「Creative Studio」と呼ばれる制作拠点があり、LAでも制作が行われていたそうだ。

ただ、今年1月~2月の間に制作資金の問題で制作が一次的に中断する等の事態に見舞われ、約3週間の中断後に再スタートしたという。最終的にLAのスタジオはわずか数人のアーティストだけになり、残りは香港で仕上げたのだそう。

『LAのスタジオをキープしないと「ハリウッド映画」と呼べなくなる恐れがあった為だろう』と同スタジオで勤務していた筆者の友人は語っていた。

今回、香港版として世に出され全米公開された「アストロボーイ」だが、こうしてビジネス的に厳しい数字を出しているのを見ると複雑な心境である。

ご存知の方もおられると思うが、この作品は実は、今を振り返る事10年前の1999年、米ソニー映画が映画化の権利を手塚プロより買取り、ディズニーの映画「ダイナソー」の監督だったエリック・レイトンがメガホンを取り、2000年のクリスマスに公開予定で進められたのだが、いつの間にか立ち消えとなってしまった経緯がある。

また、ハワイのスクゥエアUSA・ホノルル・スタジオでも、映画「ファイナル・ファンタジー」の制作終了後、「アトム」のパイロット版が制作されていた。

これらのプランが継続されてソニーで制作されていれば、また違った作品になったのかもしれないが…神のみぞが知るという事だろう。

また、それ以前に、Made in Japanである「アトム」が[日本主導での制作+ハリウッドで配給]という形で実現されなかった事も、なんとなく残念な思いもする。

…とは言うものの、前述のように、筆者自身は「"思ったよりは"良く出来ている」と感じた、この「アストロボーイ」。好き嫌いの判断は皆さん自身が下される事になると思うが、是非、お近くの上映館に足を運んで、ご覧になってみてはいかがだろうか。


関連記事:
Imagi Animation[香港]が閉鎖に(02/14/2010)


 

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